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月「宇宙はとっても、やさしいのでした」4/4

月「宇宙はとっても、やさしいのでした」5



月「宇宙はとっても、やさしいのでした」


月「宇宙はとっても、やさしいのでした」



382 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[]投稿日:2012/01/22(日) 12:42:30.76 ID:Z8YW7IhIO
////////////////

Count14

宵待月

Testament

////////////////


 ……。

 …………。


黒シャツ「……」

 そうだ。
 そうだ。思い出してしまった。
 記憶、過去の経緯、辿った道筋、枝分かれして久しい過去、ぶちまけられたオモチャ箱の中身。

黒シャツ「――――あぁ」

 天井を仰ぐ。
 ――世界がとっくに終わっていたことを、俺は知った。
 あれから――太陽系第3惑星が宇宙で最も美しい死の星となってから――どれだけの時間が経ったのだろうか?
 いや、そんな疑問など無意味だ。
 既に終わってしまった後の時間など、もはや。

月「ごめんなさい」

 からっぽの部屋、無音の部屋に、月の声だけが反響。ぽつりと一言だけ発せられ、鼓膜を叩いた謝罪が何に対してのものなのか、俺には分からない。

黒シャツ「……なんで、お前が謝るんだよ……」

月「だって……っ」

 もう一度反響する、声。
 ……あぁ改めて気づけば。この空間は、こんなにも声が響いて聞こえてしまうのか。当然だよな。ここにはあの僅かな空調の他に、音を立てるものなんて『一切』ないのだから。
 真空は音を伝えない。だから外の音はカケラすらも、ここには入ってこない。たとえ入ってきたところで、どんな音がこの部屋まで響いてこられるっていうのか。音を発するようなものなんて、どこにもない。もう、どこにもないのに。



元スレ
月「宇宙はとっても、やさしいのでした」
SS速報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)@VIPService



383 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/22(日) 12:43:33.99 ID:Z8YW7IhIO
月「私……ほんとは全部知ってました。知ってるのに、黙ってるでした。黒シャツさんが狂ってしまったのが何ゆえかも、外に興味を示したら辛くて死にたくなってしまうのとかも。全部全部……そういうの、お見通しだったので」

月「黒シャツさん。自分を守るために、狂ったんでしたね? ホントのひとりだって思わない為に、それゆえずっと……ひとりでここに、閉じてたんでしたね?」

黒シャツ「……あぁ、そうだ」

 人類最後の生き残りは、随分と臆病なヤツだったらしい。
 ……自分のことだからよくわかる。俺はそんなに強い人間じゃない。ただ月に行きたいと願ってただけの、ひとりの凡人に過ぎなくって、だから、だから。

黒シャツ「お前の言う通りだ。……俺は……、俺はヒーローなんかじゃない。超人なんかじゃ、ない。ひとりでなんて……耐えられるわけ、なかった」

 だから俺は自ら望んで狂った。耳を塞ぎ、目を覆い隠し、自分以外の世界を境界線で囲み、排除した。
『ヒキコモリが高じた果てにあえなく餓死』なんて最期ならば、最高だったんだよ。救えない場所に自分が居る、そんな絶望に直接相対することよりは万倍も怖くなかったんだ。

 ――月は、部屋全体をゆっくり、ぐるりと見回して、

月「……この部屋は、すごく優しいんでした。そういう孤独を、なるたけ忘れられるようにできてます」

月「あったかいのですね」

 そんな事を言う。
 間違いない。現実から目を背けた狂人が数年間ものうのうと引きこもる事ができる程、この部屋はあまりに普通すぎた。
 今だってこの部屋は、人工の重力を生むために俺達ごと高速回転を続けているはずだってのに、それなのにその動作が生み出す僅かなモーター音すらも、こちらには漏れ聞こえてこないってんだから。

黒シャツ「……友人が、デザインした部屋なんだ」

月「いいお友達だって、思います。ユージンさん、優しいです」

 あの時は俺をからかう為だと言ったけど、これもヤツなりの気遣いだったのかも知れない。

月「それに比べて私は、だめな星ですが。ていうか、ペケ星です。黒シャツさんのやらかいところ、つっついてばかりいた悪い子でした」

黒シャツ「……」


384 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/22(日) 12:44:57.37 ID:Z8YW7IhIO
月「これでも初めはね。一緒に居られるだけでいいなあって、思ってたんでしたけど」

月「でもどんどん、贅沢になってっちゃって。どんどん、黒シャツさんの事が好きになってっちゃって。……なんか、そのう……止まんなくなってっちゃってって」

月「消えるまで一緒に居たいなあっていうのが、もっともっと一緒に居たいでしたってなってってっちゃって。……おかしいなぁ。本当はもう、とっくに消えちゃってるはずなのにね。私」

月「だから、黒シャツさんに私をちゃんと見てもらうために……『外』にある『私』をね、ちゃんと見てほしくてね。だから」

『外』にいる……『私』?

黒シャツ「……ッ」

 ……あぁ、そうか。
 月の言葉で、今更気づいた。

月「だからね、だからね……」

月「辛い思いさせてしまって、寂しい思いさせてしまって、ごめんなさい。黒シャツさんがそんなんなっちゃってるのは、ぜんぶ、ぜんぶ……実は私のワガママなんでした」

 ――俺はあの時正気を失って以来、『月』を見失って以来。一度として彼女を見つけ直してやれていなかったじゃないか。
 当たり前だ。ここが地球だって思い込むほど狂っていたあの時の俺が、思い込んだままあるべき方向にレンズを向けたところで、月が視界に入るはずもない。
 そう、仰角だとか時間だとか、そういうのを気にして計算するだけ、それだけ見当違いな方向にピントが合うんだから。そんなんじゃあ、どれだけ探したって『月』なんか見つかるわけがない。

 彼女、太陽系第三惑星を周回する唯一無二の衛星は、いつだって、ここ。
 ――俺のすぐそばに、居たんだから。


385 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/22(日) 12:46:28.01 ID:Z8YW7IhIO
黒シャツ「俺の方こそ、ごめんな」

月「んぅ?」

黒シャツ「ずっと、見つけてやりたかった。……結局、お前が来るまで気づけなかったんだ。今更すぎるよな、ごめん」

 ……馬鹿だよなぁ、俺。
 本当に、今更だ。今にも月が消えちまうって時になるまで、こんな事にも気付けないなんて。

月「そんな、そんな事ないですがっ。ちゃんと、ちゃんともう黒シャツさんは、もうカーテンの外を見つけてくれたじゃないでしたけどっ」

黒シャツ「……いいよ。これからずっと、お前の事を見ててやる。目なんて逸らさない、もう絶対に」

 やっと、見つけられた。
 ガキの頃からずっと昔から憧れてた月は、こんなにもすぐ傍に在ったんだよ。

黒シャツ「ずっと一緒に居てやる。ずっとだ、ヒトであろうが宇宙人であろうが星であろうが、なんだろうが関係ない」

黒シャツ「……関係ないんだよ、そんなもん」

 全く。何を落ち込んでいたんだろうな、俺は?

黒シャツ「今更なんて、言ってくれんなよ?」

 人類は滅亡しちゃったけど、俺ももうすぐ終わっちゃうけど。最後の最後に、俺は会いたかったヤツに会えたんだ。
 こんなに幸せなことはない。
 ――これで笑えないはず、ないじゃないか。

月「……なんで。……黒シャツさんはそんな顔を、できてるのですか?」

月「私っ、こんなっ、星くずになっちゃいそうなくらい悲しい、のに。どうして……、どうして?」

 しがみついてくる月を、ゆっくりと包み込んでやる。
 もうほとんど力が入らないのだろう、支えてやらなければ今にもくずおれてしまいそうだったので。

 そうだ。
 今までそれを持たなかった彼女に対して、真空の中にぽっかりとたたずんでいた彼女に対して、ならば俺は大気のヴェールとなろう。
 ――せめて今この瞬間くらいは、彼女が内に持っている熱を逃がしてしまわないように。

 ……なんてな、あまりうまくもないか。
 今更だけどセンスねぇよ、俺。


386 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/22(日) 12:47:08.72 ID:Z8YW7IhIO
月「あのね、ぐすっ……黒シャツさん、ホントの一人になっちゃいましたが……? もうね、黒シャツさんしか……えう、地球のひとは……いないですけど……?」

黒シャツ「そーだな、お前の言う通り。さすが46億歳、分かってるじゃん」

月「だ、だから。こ、こんなの。ないよ……こんなの、ないよお……」

黒シャツ「……でもな、一個だけ間違ってる。こりゃ重大な間違いだぜ、星の癖に詰めが甘い」

月「黒シャツさんは……こ、こんな時でも私のこと、バカにしていじめる。……ほ、ほんと、相変わらずさですがっ……」

黒シャツ「俺は一人じゃねぇよ」

月「……うぅっ」

黒シャツ「……今ここにお前が居る、そして足元にもお前が居る……そうだろ?」

月「で、でも。私、星ですよう。……黒シャツさんみたく、地球のひとじゃないでしたので!」

黒シャツ「何度も言わせんな。関係ねぇんだよ、そんなもん今更」

 星だろうが、なんだろうが。月の身体は現にこうしてあったかい。
 あったかいから、それでいい。だからそんな細かいことなんて、もういいんだよ。

月「それに……もう私消えちゃうからぁっ……!」

黒シャツ「消えねぇよ。星がそんな簡単に消えてたまるか」

 月(おまえ)はいつだって、月(そこ)に在る。

黒シャツ「少なくとも、あと50億年程度はな。……そうだろ?」

月「ぐすっ……そう、でしたけど……っ。でも、そんなじゃなくって……」

黒シャツ「大丈夫……俺、大丈夫だから」

 ……俺自身と、そして月に向けてそう呟く。この先、どうするのかを選択するだけの覚悟を。
 おそらく、これを選択したら後には戻れない。どんな未来を選ぼうとも、俺は今のままでは居られなくなる。月もまたしかり。
 ――ピリオド、なんだ。
 エンドマークのない物語は終われない。だから、俺がそれを記す。


387 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/22(日) 12:47:46.00 ID:Z8YW7IhIO
黒シャツ「……なぁ、お前がそれだけの勇気をくれたんだぜ?」

 シュレーディンガーの思考実験のような箱の中で、緩慢に曖昧な終幕を迎えようとした臆病な俺に、きちんとしたラストシーンを見せてくれようとしたんだろう?
 ……だからこそこうやって、俺はここに2本の足で立っていられるんだから。

黒シャツ「……全部、お前のお陰だよ。月」

 腕の中で、小さく震える月を感じる。

月「ふっ……ぐ……うわああああん……」

 初めて声を上げて泣く姿を見たような気がする。
 いつも電波をどっかから受信してるみたいな感じでへらへらしてて、時折妙にスケールがデカくって、かと思えばどこか飄々と余裕のある態度を見せて。
 ……そんなヤツだったはずなのにな。なんだ、コイツもちゃんと女の子してるじゃないか。

////////////
条件判定
[FLAG]=distance_0→TRUE
////////////

 そんな姿が、たまらなくいとおしい。
 ……だからこそ、俺はすべきことをしなければいけないのだ。


388 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/22(日) 12:48:28.72 ID:Z8YW7IhIO
月「……ぐすぐす」

黒シャツ「よし。落ち着いたな」

月「胸をぐんって張って、強がってみせるのでしたっ。……ただしお乳は平坦ですが。うわーん、黒シャツさんはひどい地球のひとでしたー」

黒シャツ「……ったく、誰もそんな事責めてねぇっつの」

 いつも通りの意味不明な自虐に、少しだけなごんでしまう。それだけ軽口が叩けるなら大丈夫、って事だろう。

黒シャツ「……なぁ。この前、言っただろう? お前はまだ怖いからって言って、聞いてくれなかったけどさ」

月「あの……えっと。どうしても、ですか?」

 少しだけうろたえる月に、大丈夫さと笑いかける。
 子供のときからお前のことが大好きだった、この俺が。今更お前を悲しませるようなこと、するハズがないって。

黒シャツ「正直さ、できればずっとこうしてたいんだけど。……でもこのままじゃダメなんだ、終われない。月、お前も分かってるはずだろ」

月「……ぜ……全部、わかってました。私、月ですゆえ」

黒シャツ「ちっぽけな脳ミソ必死に絞って考えた、地球人類最後の選択だ。……聞いて、くれるよな?」

月「はい……」

 目を閉じて、月が応えた。死刑宣告を待つ丘の上の聖人のように、安らかな顔をして。
 そして、俺は選択をする。


///////////////

A【月と一緒に行く】

B【それでもここに残る】←←←一番いいのは、こっち。

///////////////


389 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/22(日) 12:49:45.04 ID:Z8YW7IhIO
///////////////////////

B【それでもここに残る】

///////////////////////

黒シャツ「悪いな、俺は……それでもここに残るよ」

 意を決してひとりごちるように伝える、同時に月の顔に影がさす。

月「そう、ですよね……。やっぱり、地球の人にとってヘンな事言ってましたね、私」

月「うん……うん。諦めないと、ペケ星ですが。これはもう、しょうがないことなのでしたね」

 ……あぁ、もう。やっぱり。
 頭をガリガリとかきむしる。俺が言いたいのは、そういう事じゃないんだっての。

黒シャツ「……早トチリすんなっ」

 べしっと一発、くっつけてやる。

月「あううう……1円玉とか、今関係ないですけど……。私これでも、マジメさが溢れんばかりでしたが……」

 月をベッドに座らせてやり、俺はいつも使ってる仕事用の椅子に腰掛けた。

黒シャツ「うん……ちょっとヤボ用でな。果たすべき約束があるんだ」

月「やくそく」

 ……まぁ、こいつがキョトンとするのも無理はないか。
 でも、これも俺にとって大事なことなんだよ。多分月と共に居るのと、同じくらいは。

黒シャツ「仕事。……まだ残ってんだよ、これ」

 そう言って、俺は月に何冊かのファイルを示してやった。
 ……既に、ポリSiCフィルム加工が済んでいるモノたちだ。これならば、たとえどんな生物も生きられないほどの残留放射線にさらされたとしても、向こう数百万年は風化せずに保つはず。

月「あ……これ、ですか? そう言えば、いつも黒シャツさんお仕事してましたが」

黒シャツ「俺の唯一の親友からのな、願いなんだよ」


390 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/22(日) 12:50:54.89 ID:Z8YW7IhIO
 ――そう、あの時。

/////////////

黒シャツ『……あ? なんだこれ。メモリチップに……うわ、大人の絵本じゃねぇかこれ!!』

 あの時、『かぐやⅡ号』が他の補給物資とともに運んできていたメモリチップ。
 友人との最後の通信が途絶えた後、正気を失いそうになりながらも俺はその中に入っていた膨大な量のデータを再生して。
 その時俺は悟ったのだ。目の前で言葉半ばに息絶えた彼が、あの後に続けて言わんとしていた事を。

友人『何しろ、お前にはやらなきゃなんねー事がたっぷりあんだから、よ』

 ――これはおそらく人類がやるべき、最後の仕事なんだと。

/////////////


黒シャツ「……遺書を、な。書かなきゃいけないんだ」

月「遺書……」

黒シャツ「今から俺たちは死にますよ、っていう宣言。但し、でっかいオマケ付き」

黒シャツ「なんたってこれ、『地球の遺書』なんだもん」

 あの超容量ハードディスクの中には、文字通り『全て』が入っていた。
 地球上に存在した生物について、地質について、人類のかつて誇った栄華について。歴史書から元素構成、ゲノムデータにカオス理論に複雑系の哲学と、それから少しばかりのオタクカルチャーっぽいもの。およそ全ての、情報といえる情報がそこには詰め込まれていた。
 地球最後の生命体として、それらの情報――かつてそこにあった美しい星と、生物たち――を劣化させずかつ可視化できる形で、可能な限りの量を編纂する事。
 それがおそらくは、ヤツが俺に託した願いだったのだろう。いつの間にかこんな大事な事さえも忘れていたんだ。自分の妄想によくアイツを出せたもんだと、そう思う。

黒シャツ「こんな事やるのも今更なんだけどな。それでもアイツの、……あんな場所まで付き合ってくれた、物好きな馬鹿野郎の頼みだから……さ」

月「ユージンさん、でしたか」

黒シャツ「そういうこと。もちろんお前も大事だぜ、でもこれだけは今しか。ヒトで居られる今だけしかできねぇんだ」

友人『……男同士、親友同士の約束だからな。果たすまで、勝手に滅亡すんじゃねーぞ?』

黒シャツ「勝手に滅亡すんな、だってさ。ひでぇよな、俺ひとりで寂しいのに」

月「にゅふふ……。ユージンさん、黒シャツさんに忘れてほしくなかったんですね」

黒シャツ「そうなのかな」

月「十中八九……じゅっつーはっきゅ? そうですが」

黒シャツ「言い直さなくってもよかったね、それ」

月「むーん……地球語やっぱり、難しきです」

 ……全く、こんな無茶ぶりするなんてな。願いっていうよりむしろ呪いじゃねぇか、こんなもん。
 でも、まぁ今更か。不平を言うには、ちょっと時間が経ちすぎちまってる。


391 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/22(日) 12:51:40.36 ID:Z8YW7IhIO
黒シャツ「……例えば、さ」

月「はい」

黒シャツ「ヒトも生物も、あらゆる生命が居なくなった青い星にさ。宇宙人に居る冒険家みたいなのがふらーって訪れて。……それでこんなの見つけて『うわーマジびっくりした! 何これ文明の香り?』とか、な」

月「ふんふん?」

黒シャツ「……後は、そうだな。地球にまた、新しい知的生命体が何かの拍子で誕生した時なんかに後々これが発掘されたりとかする。とか?」

月「……なぁんか、ロマンチックですが。にゅふふ」

黒シャツ「はは、そうだろ?」

黒シャツ「……俺は最期にな、そんな夢を描こうって思うんだ」

 当然、時間は限られてる。あのカップ麺が無くなるのが先か、ヒドロタンクの残量が切れるのが先かは知らないけど。まぁそう遠くないうちに俺は――死ぬんだろうな。
 けれど、これが正真正銘、人類に残された最後の時間だ。できる事なんてもう殆どない、何もなければそのまま死ぬだけだ。そして地球はジエンド。

黒シャツ「悪くないと思うんだけどな。後に何かを遺したりするのって」

月「星だと、できませんでしたね。そーいうの」

 ……だったらせめて、残りの俺の命。『ヒトとしての命』を、全部これに充ててみるのも悪くないんじゃないかって。
 勝手な言い分かもしれないけど、そんな風に思う。

月「じゃあ。終わったらきっと、来てくれますか」

黒シャツ「きっとじゃない、必ず来る。……それまで、向こうで待っててくれないか」

月「ふふ……黒シャツさんは、律儀な優しい人ですね。思ったとおりの人で、やっぱり私……だーいすきですよ」

月「待ちますよ。100万年くらいなら、恋の余裕でパワーですが。……だって私、」

黒シャツ「……星、だもんな?」

 明らかに強がってるのだろう月は、言いたいことを先に言われてちょっとだけ頬をぷくーっと膨らませ、その後で柔らかく微笑む。
 大丈夫。待たせるにしてもせいぜい俺の命なんて、5年がいいとこだ。……って、時間の概念なんか既にあるのかどうかすら分かんなくなっちゃってんだけど。


392 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/22(日) 12:52:22.68 ID:Z8YW7IhIO
月「ねぇ」

黒シャツ「……何?」

月「あの、ね。私ね……。キス……してほしいでしたけど」

 甘い甘い、ドロップスみたいないつもの声でぽつりと言う。
 ……見れば、少しだけ潤んだ瞳の上目遣い。ちょっとだけ可愛いと思ってしまった俺は、おそらくコイツには永久にかなわない。

黒シャツ「それは、別れの?」

月「黒シャツさん、ペケでした。……約束の、キスですね」

 ……約束の為のキス、ねぇ。こういう場面で言うのもなんだけど、うさんくせぇの。

月「むーん。確か地球では指切りげんまんと、ほんのり知っていましたが。宇宙ではそれは……キスですね」

黒シャツ「あはは。なんだよ、それ」

 ったく、得意気な顔をして講釈垂れるから笑っちまうじゃねぇか。……あー、でも。それが、俺たちのあり方なのかもしれないな。
 いいんじゃないのかな、地球滅亡しても変わらず自然体のお付き合いって。なんか、長いことうまくやっていけそうな気がする。

月「んー、そうそう。郷に入りては郷に従え、です。これがたぶん、月的な礼儀作法ですけど」

黒シャツ「ゴウに従うと言うなら……俺たちの出会いも、これって『業』なのかな?」

 あーあ。やっぱりセンスねぇわ。言っちまってから恥ずかしくなった。
 額をコリコリとかき、ごまかすようにして目を閉じるよう促す。月が遠慮がちに、俺の身体に腕を回していく。
 ――そして、目を閉ざしたまま遠い宇宙に思いを馳せるように、甘い声で笑いながら。

月「にゅふふ。『業』でつながれた二人……ですか」

月「さもありなん、です」

 口づけをする。


393 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/22(日) 12:58:15.76 ID:Z8YW7IhIO
//////////

Count14 "Testament" is over.

You got the following end:
NormalEndPlus "Close to".

//////////




 
398 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[]投稿日:2012/01/24(火) 02:39:01.68 ID:XC6qopoIO
/////////////

Count15'

再び、望月

Close To

/////////////

 ――。
 (宇宙/そら)を、見ていた。
 静かな宇宙が、幼い頃からとても好きだった。

 精細なレンズを通してみる宇宙はやはり精細で、何万光年かなたから来る星の輝きが劣化しない、そのままの形で視界に入ってくる。綺麗だ。
 宇宙は今日も、当たり前のように澄み切っていた。

「……」

 月は、すぐそこにあった。
 他ならぬここが、月だった。

「……」

 俺は、ただ待っていた。
 やるべき事を全て終えた俺は、こうして白い大地に寝転がり、ただ待ち続けていた。
 視界の端に、地球があった。月から見た地球は今更ながら、青かった。
 『はこぶね』はもう、見えない。
 遺書を乗せた船は、あるべき場所――かつてヒトが居た惑星へと戻っていくのだろう。

「……」

 沈黙の音、泡の音、水の音、無音という音。
 何も無い。俺はここに、ひとり居て。
 柔らかいこの宇宙の中で、愛した星に抱かれながら目を閉じている。

 ……。

「……」

 ……。

「……にゅふふ」

 声。
 目を開ける。

「あぁ。……お待たせ」


399 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/24(火) 02:40:31.06 ID:XC6qopoIO
「えへへ。ちょっとだけ、待ちました」

 彼女はいつの間にか、傍らに居たようだ。
 座したまま、彼女もまた地球を見つめている。

「……終わったよ。全部」
「はい」

 俺は半身を起こす。

「宇宙服なくっても、結構いけるもんなんだな。息吸えてるかどうかは……まぁ、知らないけど。っていうか、生きてるのかどうかすら、よくわかんねぇや」
「はい。……宇宙はとっても、やさしいでしたので」

 素足で踏む月の砂は少しだけひんやりしていて、くすぐったかった。


400 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/24(火) 02:42:29.00 ID:XC6qopoIO
 二人で並んで、地球を見上げる。

「……地球、綺麗なんだな」
「ばっちり、知ってますね。私はずうっと、ここで見てきてましたから」
「今までお前の事ばっかり見てて、忘れちまってたよ。……地球も言うほど、悪くないよな」
「私、地球も大好きですが?」
「……俺は?」
「……にゅふふ。大好きじゃなくて、だーいすき。ですね」

 どちらからともなく、立ち上がる。
 さて、これから何をしようか?
 ……いや、それも今更だな。

「手、つなご?」
「……いいよ。つなごうか」
「……ぎゅっとぎゅっと、ずうっと離れないような。そんなあんばいで」
「あぁ」

 ずっと一緒に居ればいいんだ。
 ただ、それだけでいい。
 世界は、やさしかった。


401 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/24(火) 02:44:09.41 ID:XC6qopoIO
「……っ」

 その時地平線の向こうに、ぽうっと淡く蒼い、一筋の光の柱を見た。

「T……LP……?」

 幼い日に見た、あの発光現象。

「黒シャツさんは、好きだって言いましたが。私ほんとは知ってました。たくさーん練習、したんでしたけど?」
「……あ、はは……」

 よく見れば、地平線の向こう側だけではない。
 ここら一帯、全部だ。そうと見なければ気づかぬほど、僅かにほのかに、光っている。

「……」

 そんなつもりもないのに、なんでだろうな。涙が止まらないや。

「歓迎のしるしですね、黒シャツさん。ようこそ……『私』へ」
「……ありがとう、なんか……あぁ。ありがとうとしか言えないよ、これ」


402 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/24(火) 02:47:48.55 ID:XC6qopoIO
 そして俺たちは、手をつなぎ歩き出す。
 すぐそこにある温もりが伝わってくる。久しく感じてなかった感触だ。

「むーん……どこに行く感じでしたか? 私的には静かの海とかオススメです。月の石とか特に、超オススメですねっ」
「……あ、まだそれ引っ張ってら」

 彼女とならば、どこまでも歩いていけそうな……そんな気がした。
 この星を何周したって、飽きるはずもない。
 これが俺の、おそらくは一番望んでいた結末なんだから。

「本当に、甘くておいしいでしたけど……」
「まっさか」
「やっぱり信じてくれないですがっ。……でも、ふふっ……いいです、それで」

 少しだけ優しくなった宇宙の中でふたりっきり、平和に暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

「それでいい……って、何だよもう」
「にゅふふ。だってね……」

 満月よりも満ち足りたような、そんな表情で、『月の石』よりもおそらくは甘いだろう、そんな声で言う。

「私と、黒シャツさん。これからずうっと、一緒なんでしたから」

 そう。こんなのは多分、かつては世界中のどこにでもあったような終幕さ。
 でも悪くはないよ、うん。こんな陳腐にまみれたおはなしも、悪くない。

 ――彼女がこんな風に笑える、おはなしならば悪くはないさ。



/////////////

「つきのおはなし」



/////////////


403 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[]投稿日:2012/01/24(火) 02:54:02.34 ID:XC6qopoIO
一番いいの終わり
とりあえずこれでさよならばいばい

プロバイダ工事終わって開通したら
残りのエンド
あとがき
回収しなくてもよかったかもしれない未回収部分を補完する、蛇足かきおろし

この辺やってさっさとhtml化依頼だしますね
おつかればいばい



404 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/24(火) 03:00:27.94 ID:Bol2rvZP0
乙かれんす
楽しみに待ってるよ


405 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/24(火) 06:00:02.27 ID:TYWY56XSO
おつかればいばい

良かったよ


この感情なんなんだろ
寂しい?悲しい?でも幸せな物語だったわ


406 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海)[sage]投稿日:2012/01/24(火) 08:42:40.24 ID:qX4zrl6AO


泣いたよ


407 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県)[sage]投稿日:2012/01/24(火) 13:42:55.34 ID:kd1bdJh90
素敵な物語をありがとう!
このお話がきっかけで、天体観測してみたいなんて思ってしまったんだぜ




408 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[]投稿日:2012/01/24(火) 18:47:31.45 ID:mvSJDiTw0


今から天文台行ってきて月みてくるわ
1さん素敵な物語をありがとう



409 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)[sage]投稿日:2012/01/24(火) 21:50:28.80 ID:gy4ZgLYZo
名作を読んだあとに感じる心地良い浮遊感を確かに感じるのであった



413 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[!res_red]投稿日:2012/02/04(土) 06:55:41.09 ID:drwYSqoQo
//////////

A World was over.

[FLAG]=XXXX(supposed_parameter)

//////////


414 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 06:56:28.67 ID:drwYSqoQo
////////////////

Count14

宵待月

Testament

////////////////


 ……。

 …………。


黒シャツ「……」

 そうだ。
 そうだ。思い出してしまった。
 記憶、過去の経緯、辿った道筋、枝分かれして久しい過去、ぶちまけられたオモチャ箱の中身。

黒シャツ「――――あぁ」

 天井を仰ぐ。
 ――世界がとっくに終わっていたことを、俺は知った。
 あれから――太陽系第3惑星が宇宙で最も美しい死の星となってから――どれだけの時間が経ったのだろうか?
 いや、そんな疑問など無意味だ。
 既に終わってしまった後の時間など、もはや。

月「ごめんなさい」

 からっぽの部屋、無音の部屋に、月の声だけが反響。ぽつりと一言だけ発せられ、鼓膜を叩いた謝罪が何に対してのものなのか、俺には分からない。

黒シャツ「……なんで、お前が謝るんだよ……」

月「だって……っ」

 もう一度反響する、声。
 ……あぁ改めて気づけば。この空間は、こんなにも声が響いて聞こえてしまうのか。当然だよな。ここにはあの僅かな空調の他に、音を立てるものなんて『一切』ないのだから。
 真空は音を伝えない。だから外の音はカケラすらも、ここには入ってこない。たとえ入ってきたところで、どんな音がこの部屋まで響いてこられるっていうのか。音を発するようなものなんて、どこにもない。もう、どこにもないのに。


415 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 06:57:01.03 ID:drwYSqoQo
月「私……ほんとは全部知ってました。知ってるのに、黙ってるでした。黒シャツさんが狂ってしまったのが何ゆえかも、外に興味を示したら辛くて死にたくなってしまうのとかも。全部全部……そういうの、お見通しだったので」

月「黒シャツさん。自分を守るために、狂ったんでしたね? ホントのひとりだって思わない為に、それゆえずっと……ひとりでここに、閉じてたんでしたね?」

黒シャツ「……あぁ、そうだ」

 人類最後の生き残りは、随分と臆病なヤツだったらしい。
 ……自分のことだからよくわかる。俺はそんなに強い人間じゃない。ただ月に行きたいと願ってただけの、ひとりの凡人に過ぎなくって、だから、だから。

黒シャツ「お前の言う通りだ。……俺は……、俺はヒーローなんかじゃない。超人なんかじゃ、ない。ひとりでなんて……耐えられるわけ、なかった」

 だから俺は自ら望んで狂った。耳を塞ぎ、目を覆い隠し、自分以外の世界を境界線で囲み、排除した。
『ヒキコモリが高じた果てにあえなく餓死』なんて最期ならば、最高だったんだよ。救えない場所に自分が居る、そんな絶望に直接相対することよりは万倍も怖くなかったんだ。

 ――月は、部屋全体をゆっくり、ぐるりと見回して、

月「……この部屋は、すごく優しいんでした。そういう孤独を、なるたけ忘れられるようにできてます」

月「あったかいのですね」

 そんな事を言う。
 間違いない。現実から目を背けた狂人が数年間ものうのうと引きこもる事ができる程、この部屋はあまりに普通すぎた。
 今だってこの部屋は、人工の重力を生むために俺達ごと高速回転を続けているはずだってのに、それなのにその動作が生み出す僅かなモーター音すらも、こちらには漏れ聞こえてこないってんだから。

黒シャツ「……友人が、デザインした部屋なんだ」

月「いいお友達だって、思います。ユージンさん、優しいです」

 あの時は俺をからかう為だと言ったけど、これもヤツなりの気遣いだったのかも知れない。

月「それに比べて私は、だめな星ですが。ていうか、ペケ星です。黒シャツさんのやらかいところ、つっついてばかりいた悪い子でした」

黒シャツ「……」


416 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 06:57:51.98 ID:drwYSqoQo
月「これでも初めはね。一緒に居られるだけでいいなあって、思ってたんでしたけど」

月「でもどんどん、贅沢になってっちゃって。どんどん、黒シャツさんの事が好きになってっちゃって。……なんか、そのう……止まんなくなってっちゃってって」

月「消えるまで一緒に居たいなあっていうのが、もっともっと一緒に居たいでしたってなってってっちゃって。……おかしいなぁ。本当はもう、とっくに消えちゃってるはずなのにね。私」

月「だから、黒シャツさんに私をちゃんと見てもらうために……『外』にある『私』をね、ちゃんと見てほしくてね。だから」

『外』にいる……『私』?

黒シャツ「……ッ」

 ……あぁ、そうか。
 月の言葉で、今更気づいた。

月「だからね、だからね……」

月「辛い思いさせてしまって、寂しい思いさせてしまって、ごめんなさい。黒シャツさんがそんなんなっちゃってるのは、ぜんぶ、ぜんぶ……実は私のワガママなんでした」

 ――俺はあの時正気を失って以来、『月』を見失って以来。一度として彼女を見つけ直してやれていなかったじゃないか。
 当たり前だ。ここが地球だって思い込むほど狂っていたあの時の俺が、思い込んだままあるべき方向にレンズを向けたところで、月が視界に入るはずもない。
 そう、仰角だとか時間だとか、そういうのを気にして計算するだけ、それだけ見当違いな方向にピントが合うんだから。そんなんじゃあ、どれだけ探したって『月』なんか見つかるわけがない。

 彼女、太陽系第三惑星を周回する唯一無二の衛星は、いつだって、ここ。
 ――俺のすぐそばに、居たんだから。


417 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 06:58:17.83 ID:drwYSqoQo
黒シャツ「俺の方こそ、ごめんな」

月「んぅ?」

黒シャツ「ずっと、見つけてやりたかった。……結局、お前が来るまで気づけなかったんだ。今更すぎるよな、ごめん」

 ……馬鹿だよなぁ、俺。
 本当に、今更だ。今にも月が消えちまうって時になるまで、こんな事にも気付けないなんて。

月「そんな、そんな事ないですがっ。ちゃんと、ちゃんともう黒シャツさんは、もうカーテンの外を見つけてくれたじゃないでしたけどっ」

黒シャツ「……いいよ。これからずっと、お前の事を見ててやる。目なんて逸らさない、もう絶対に」

 やっと、見つけられた。
 ガキの頃からずっと昔から憧れてた月は、こんなにもすぐ傍に在ったんだよ。

黒シャツ「ずっと一緒に居てやる。ずっとだ、ヒトであろうが宇宙人であろうが星であろうが、なんだろうが関係ない」

黒シャツ「……関係ないんだよ、そんなもん」

 全く。何を落ち込んでいたんだろうな、俺は?

黒シャツ「今更なんて、言ってくれんなよ?」

 人類は滅亡しちゃったけど、俺ももうすぐ終わっちゃうけど。最後の最後に、俺は会いたかったヤツに会えたんだ。
 こんなに幸せなことはない。
 ――これで笑えないはず、ないじゃないか。

月「……なんで。……黒シャツさんはそんな顔を、できてるのですか?」

月「私っ、こんなっ、星くずになっちゃいそうなくらい悲しい、のに。どうして……、どうして?」

 しがみついてくる月を、ゆっくりと包み込んでやる。
 もうほとんど力が入らないのだろう、支えてやらなければ今にもくずおれてしまいそうだったので。

 そうだ。
 今までそれを持たなかった彼女に対して、真空の中にぽっかりとたたずんでいた彼女に対して、ならば俺は大気のヴェールとなろう。
 ――せめて今この瞬間くらいは、彼女が内に持っている熱を逃がしてしまわないように。

 ……なんてな、あまりうまくもないか。
 今更だけどセンスねぇよ、俺。


418 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 06:59:06.68 ID:drwYSqoQo
月「あのね、ぐすっ……黒シャツさん、ホントの一人になっちゃいましたが……? もうね、黒シャツさんしか……えう、地球のひとは……いないですけど……?」

黒シャツ「そーだな、お前の言う通り。さすが46億歳、分かってるじゃん」

月「だ、だから。こ、こんなの。ないよ……こんなの、ないよお……」

黒シャツ「……でもな、一個だけ間違ってる。こりゃ重大な間違いだぜ、星の癖に詰めが甘い」

月「黒シャツさんは……こ、こんな時でも私のこと、バカにしていじめる。……ほ、ほんと、相変わらずさですがっ……」

黒シャツ「俺は一人じゃねぇよ」

月「……うぅっ」

黒シャツ「……今ここにお前が居る、そして足元にもお前が居る……そうだろ?」

月「で、でも。私、星ですよう。……黒シャツさんみたく、地球のひとじゃないでしたので!」

黒シャツ「何度も言わせんな。関係ねぇんだよ、そんなもん今更」

 星だろうが、なんだろうが。月の身体は現にこうしてあったかい。
 あったかいから、それでいい。だからそんな細かいことなんて、もういいんだよ。

月「それに……もう私消えちゃうからぁっ……!」

黒シャツ「消えねぇよ。星がそんな簡単に消えてたまるか」

 月(おまえ)はいつだって、月(そこ)に在る。

黒シャツ「少なくとも、あと50億年程度はな。……そうだろ?」

月「ぐすっ……そう、でしたけど……っ。でも、そんなじゃなくって……」

黒シャツ「大丈夫……俺、大丈夫だから」

 ……俺自身と、そして月に向けてそう呟く。この先、どうするのかを選択するだけの覚悟を。
 おそらく、これを選択したら後には戻れない。どんな未来を選ぼうとも、俺は今のままでは居られなくなる。月もまたしかり。
 ――ピリオド、なんだ。
 エンドマークのない物語は終われない。だから、俺がそれを記す。


419 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 06:59:30.56 ID:drwYSqoQo
黒シャツ「……なぁ、お前がそれだけの勇気をくれたんだぜ?」

 シュレーディンガーの思考実験のような箱の中で、緩慢に曖昧な終幕を迎えようとした臆病な俺に、きちんとしたラストシーンを見せてくれようとしたんだろう?
 ……だからこそこうやって、俺はここに2本の足で立っていられるんだから。

黒シャツ「……全部、お前のお陰だよ。月」

 腕の中で、小さく震える月を感じる。

月「ふっ……ぐ……うわああああん……」

 初めて声を上げて泣く姿を見たような気がする。
 いつも電波をどっかから受信してるみたいな感じでへらへらしてて、時折妙にスケールがデカくって、かと思えばどこか飄々と余裕のある態度を見せて。
 ……そんなヤツだったはずなのにな。なんだ、コイツもちゃんと女の子してるじゃないか。

////////////
条件判定
[FLAG]=XXXX→FALSE
////////////


420 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 06:59:57.88 ID:drwYSqoQo
 心なしか、笑みさえ浮かんでくる。

 世界の終わりのお話のクライマックスのはずなのに、どうしてだろう。

 とてもすがすがしい気持ちだった。



421 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:00:34.63 ID:drwYSqoQo
月「……ぐすぐす」

黒シャツ「よし。落ち着いたな」

月「胸をぐんって張って、強がってみせるのでしたっ。……ただしお乳は平坦ですが。うわーん、黒シャツさんはひどい地球のひとでしたー」

黒シャツ「……ったく、誰もそんな事責めてねぇっつの」

 いつも通りの意味不明な自虐に、少しだけなごんでしまう。それだけ軽口が叩けるなら大丈夫、って事だろう。

黒シャツ「……なぁ。この前、言っただろう? お前はまだ怖いからって言って、聞いてくれなかったけどさ」

月「あの……えっと。どうしても、ですか?」

 少しだけうろたえる月に、大丈夫さと笑いかける。
 子供のときからお前のことが大好きだった、この俺が。今更お前を悲しませるようなこと、するハズがないって。

黒シャツ「正直さ、できればずっとこうしてたいんだけど。……でもこのままじゃダメなんだ、終われない。月、お前も分かってるはずだろ」

月「……ぜ……全部、わかってました。私、月ですゆえ」

黒シャツ「ちっぽけな脳ミソ必死に絞って考えた、地球人類最後の選択だ。……聞いて、くれるよな?」

月「はい……」

 目を閉じて、月が応えた。死刑宣告を待つ丘の上の聖人のように、安らかな顔をして。
 そして、俺は選択をする。


///////////////

A【月と一緒に行く】

B【それでもここに残る】

///////////////


422 名前:ここより、分岐[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:02:44.16 ID:drwYSqoQo
///////////////
A【月と一緒に行く】
///////////////

黒シャツ「なぁ月、正直に言えよ。お前今、どれだけ苦しい?」

月「……にゅふふ。この身体でずっと息ができない苦しみって、地球のひとなんかに言っても想像できないと思いましたがっ」

黒シャツ「いつから?」

月「いつからでしょうね?」

 ……参ったな、これじゃあ俺は本当にひどいヤツだ。

黒シャツ「……ほんと、ごめんな。辛かっただろうに」

月「いつも黒シャツさんがだっこしてくれるので、苦しいけど……全然つらくなかったでしたよ」

黒シャツ「もう大丈夫だからな。俺も宇宙に行くから」

黒シャツ「……星に、なるから」

 俺の裾を掴む月の力が一瞬だけ強くなり、けれどすぐに腕ごと垂れ下がる。

月「黒シャツさん。……ヒトでなくなるのって、怖くないですか?」

 最後の選択に対して、月は確認を求めるように疑問を発した。
 そうだな。確かに俺は一分の隙もなく人間であって、気が向いたから星になるなんて(絵空事/ファンタジー)をのたまっても、在りし日の世界ならば笑われるどころか下衆な温情と大量の薬が与えられるだけだ。
 ……けれど、そんなのは結局。

黒シャツ「今更だろ。……つーか、お前も似たような感じの癖に」

月「あううう、そこまで思い出しちゃってましたかぁ。ちょびっとだけ恥ずかしいでしたけどっ」

黒シャツ「……はは。深読みに深読みをかさねた結果さ、大した推測ですらない、ただの可能性のひとつを挙げただけ」

 ――とどのつまり、コイツもそうなんだ。
 そういう可能性。当てずっぽうで邪推してみて、あながち間違ってもいなかったらしい。

黒シャツ「まぁな、お前もそうだったんだろうけど。……人間でいる意味がねぇんだもん。そんな事より俺は、現実を直視する方が怖かったよ」

月「私はすぐに、壊れちゃいました」

黒シャツ「それはしょうがねぇよ。誰だってそうなる、ましてや訓練も適性試験も受けてないような素人なんて。……でもまぁ」

黒シャツ「お前が今現在、星であり、そしてここに居るって時点で。俺たちが今まで属していた現実はもう、そこには無いんだ。跡形もなく、な」

月「宇宙はあったかくって、やさしいのでしたね」

黒シャツ「そういうこと。……だったら付き合うよ、俺も月みたいになる」

月「……うんっ」

黒シャツ「……二人で公転軌道を回るのも、悪くないさ。お前と一緒なら50億年くらい、全然飽きなさそうだ」

月「うんっ……、うんっ……!!」



423 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:11:03.30 ID:drwYSqoQo
/////////////

Normal End

バイナリィ・サテライト

Binary Sutellite

/////////////


 俺たちは準備を終えると、『玄関』――外部エアロックへ通じるハッチを開ける。
 必要なもの以外が一切置かれていない、殺風景な空間が見える。いかにも、な宇宙船の一室だ。

 一歩を踏み出す。月がその後に続く。
 4畳半ほどの広さしかないエアロックにもやはり1気圧・295Kの空気が満たされ、部屋の中と同じ重力が生じている。
 こちらを見て、ふにゃっと微笑む月。心配ないですよと、その目が言っている。

黒シャツ「……」

 ハッチを閉じ、コンソールに簡素な命令を入力した。
 飾り気のない電子音。これでエアロックと『部屋』との接続は完全に遮断された。減速処理が開始される。
 人工重力はもう、戻らない。ごうん、ごうん、と低い音が聞こえるのはおそらく、このエアロックを支えている柱か何かがブレーキングレールを走っている音なんだろう。

 慣性と機構の摩擦を天秤にかけながら僅かづつ僅かづつ、重力は静かに消えていく。

黒シャツ「……結構時間、かかりそうだな」

月「急に止まったら、星になる前に二人ともぺちゃんこなのでした。それはさながら車にひかれたカエルさんですねっ。げろげろ」

黒シャツ「雰囲気台無しだな」

月「お茶の間では見られないようなモノが、あんなところやこんなとこからもれもれだーだー。宇宙は今日も平和でしたので、めでたしめでたし♪」

黒シャツ「後味が悪すぎる」



424 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:11:34.97 ID:drwYSqoQo
 エレベータが下降している時にも似た錯覚。違うのは、それが少しずつ強くなっていくだけで、止むことはないということ。

黒シャツ「……あーあ、最後の重力か」

 この先二度と、俺は重力の元に立つことはない。

黒シャツ「なんか、ちょっとだけ惜しいな」

月「大丈夫、これからはもっと楽しいのでした」

黒シャツ「適当な事言いやがって、またコイツは」

月「むーん。適当じゃないのになぁ」

 月はそう言うと、イタズラをする子供みたいな笑顔を浮かべて、

月「……発生させる立場になるのも、けっこう素敵ですが?」

 なるほど、と思わず苦笑が浮かんでくる。

月「ふたごぼしになって、二人でぐるぐる回ったり。やっぱり、きっと楽しいです」

黒シャツ「そうだな」

 宇宙の片隅で、いつ終わるとも知れないダンス。観客はなく、演者は俺たち二人だけ。ぐるぐると、どこまでも回帰の軌跡を描く。
 今更陳腐な言葉かもしれないけど、そんな光景には『永遠』という言葉が似あうような気がした。

黒シャツ「――俺も、そう思う」


425 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:12:23.00 ID:drwYSqoQo
 ……。

 …………。

 ……ふわふわと、浮かんでいる。
 俺たちを現実に縛り付けていた、最後の鎖は既に解かれていた。
 不安はない。それどころか、楽しみでさえあった。

月「手、つなご?」

黒シャツ「……おう」

 それは多分、彼女の体温を感じているからなんだろう。
 この熱を感じていられる限り、俺はどこに居ようと俺で居られる。願わくば月もまた、しかりと。

月「あったかい、ね」

 宙空、逆さまに浮かんだ月が問いかけてくる。

黒シャツ「あぁ。あったかい」

 ゆっくりと回転しながら俺はそう応え、同時にこの部屋の外――宇宙に意識を向けた。
 地球が終わり、誰も居なくなった宇宙。
 観測者の存在というある種の束縛から解き放たれた彼は、少しだけやわらかくなっていた。

月『宇宙はあったかくって、やさしいのでしたね』

 そして、月(かのじょ)が迎えに来てくれた。

黒シャツ「……優しい終わり方だよ。これは、本当」

月「でもこれは、『終わり』じゃないんですよ」

黒シャツ「あぁ。そうだったな」

 失念していた。俺達は『これから』、二人でダンスをするんだっていうのに。
 離れてしまわないように、もう片方の手も絡ませた。

黒シャツ「たとえばさ。遠い未来、地球にまた生命が生まれたとして。そいつらが俺たちみたいな知性を得たとして」

月「にゅふふ……それは素敵な想像でしたねっ」

黒シャツ「俺たちに向かってさ、思いを馳せてくれたりなんかしたら楽しいだろうなって」

月「……かつての、私たちみたいに?」

黒シャツ「あぁ、そうさ」


426 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:12:51.69 ID:drwYSqoQo


黒シャツ「多分誰から見ても、月は綺麗なモノなんだよ。……運命的な程にね」


.


427 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:15:06.76 ID:drwYSqoQo
 ごうん、という音がようやく止まる。減速処理が完全に終了したようだ。シリンダーの油圧の音とともに、ハッチがゆっくりと開いてゆく。
 空気すら既に抜けているはずなのに全く苦しくないのは、やっぱり宇宙がやわらかくなったせいだろう。
 月の言うとおりだ。まだこのおはなしは終わってなどいない。始まってすらいない。

 ――これこそがおそらく、はじまりのはじまりなんだ。

 地球に新たな生命が芽生える物語。
 たとえばそんな物語の中で、誰かが俺たちを指して今日も変わらず月が綺麗だ、なんて思う為の。
 たとえばそんな物語の中で、誰かが俺たちの元に向かって宇宙船を飛ばしたりする為の。
 たとえばそんな物語の中で、存在が当たり前すぎて、誰もが特に俺たちを意識しなかったりする為の。

 ――それらの一番最初の、起点に当たるおはなしなんだ。

月「地球、また賑やかになったらいいなぁって思いました。今」

黒シャツ「そうだな。……ま、ちょっとの間はふたりっきりで」

月「らぶらぶはーと、ですね。黒シャツさん、だーいすき」

 しばらくは二人でダンスを踊りながら待つことにしよう。そんなおはなしのはじまりを。

黒シャツ「ま、賑やかになったら……その時はまた、こんな形になってそいつらの前に現れてやろうぜ。『実は俺たち、月なんです』つって」

黒シャツ「みんなきっと、俺みたいに腰を抜かす」

 そんな皮肉を言うと、最後に月は笑って、

月「それも悪くないのでした」

黒シャツ「……そういうこと」

 ――俺は壁をとんと蹴り、月と共に外へ飛び出した。



//////////////////

[BETTEREND1 Normal End]
到達条件:月と一緒に『カーテンの外』へ到達すること

//////////////////


428 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:16:15.83 ID:drwYSqoQo
まずはこっち
ちょっとだけ、おもわせぶりなことかいた

つぎ、いちばんだめなやつ投下します



429 名前:>>421からの分岐先2[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:18:00.02 ID:drwYSqoQo
///////////////
B【それでもここに残る】
///////////////












黒シャツ「……あぁ。俺はここに残るぜーぃ」

 俺は、にやにやしながら答えた。

 とっても、とっても、とーっても、すがすがしい気分だった。
 だってネタバレはもう全部、済んじゃったのだから。





430 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:25:30.76 ID:drwYSqoQo
月「………………えっ?」

 月はなんか、戸惑っているみたいだった。
 いや、まぁそりゃそうだよな。

 本来描かれた筋書きにない展開だもの。
 ……だってこれ、俺のアドリヴだし。

黒シャツ「ふ……ふは……ふははははは!!! すっげぇなコレ、壮大だわ。いやまさに宇宙的スケールってシナリオじゃね? いや褒めてんだよこれ、掛け値なし最大級の賛辞ってやつだぜ!?」

月「あう」

 あっりゃー……まだネコかぶってやんの。いや、それとも?
 アレゲな振りして実はしたたかだったってオチかなって思ったけど……この分じゃもしかしてコイツ本当に天然でこのキャラってやつ?
 ……まぁ、いいや。関係ねぇ。
 はいはい関係ないんですよー、そんなのはー。

黒シャツ「おーい、聞いてるかー?」

月「えと……その……はい。あれ? うん、聞いてるけどなんか、黒シャツさんが色々な加速で止まらないようですので、よくわからないですが……?」

黒シャツ「いやだからさ、夢オチだろ?」

月「……えっ?」

 ――完全に看破した。
 このくっだらない余興だかなんだか分からないコトの顛末を、ネタばらしの前に俺は見破ってやったのだ。

月「その、やっぱり。黒シャツさんが何を伝えるのかが、私はよく……?」

黒シャツ「いや、夢オチじゃなくてもいいんだけど。あぁそうだ、ドッキリって線が一番濃いんじゃね? ゲームだかラノベだかのシナリオにしちゃあ陳腐すぎるしなぁ、俺に言わせりゃこんな台本は下の下だっつーの」

 要するに、どいつもこいつも俺を笑いものにしたかったんだ。
 こんな閉ざされた箱の中にヒトひとり閉じ込めといて、頃合いを見計らって可愛い女の子のひとりでも突っ込んどけば愛が芽生えるんじゃね? みたいに軽々しい気持ちで舞台作りに励んでさぁ。
 ……ったく、何その吊り橋効果。趣味が悪いにもホドがあるってばよー。


431 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:26:43.49 ID:drwYSqoQo
黒シャツ「ばーーーーーぁかみてぇだ。なるほどそうか、俺はバカだったんだな? 納得なっとく、黒シャツさん超納得ってワケですよー」

月「く、くろしゃ……ひぅっ!!」

 ドアを力任せに蹴ってみた。

黒シャツ「くっそ、超痛ぇんですけど……」

 ハリボテかと思ったらリアル鉄板だったとさ。
 いやいやいや、どれだけ凝ってるんだよ小道具の人。予算バランス考えないと採算取れないぞ?
 一応これでメシ食ってんだろお前らはさぁ、だったら切り詰めていけよ少しくらい……いや騙された側が言うことじゃないけどさぁ。

月「……」

黒シャツ「なぁお前。あれ、どこよ」

月「アレ、と言いますと……?」

黒シャツ「ほらほらほらほら!! あるでしょアレ。なんか大成功的な看板がー」

 言いながら横目でちらちらと部屋の周囲をうかがう。さっきからコイツはとぼけているようだが、小型カメラのひとつでも見つけて動かぬ証拠として叩きつけてやれば、そんなスルーっぷりも徒労に終わるに違いない。
 その時にコイツが泣いて謝ってくれたなら、製作陣はともかくコイツだけは許してやらんでもない。なんだかんだで俺、コイツのことは一応気に入ってるんだ。一応、今でも。

月「看、板……あうぅ?」

黒シャツ「何、看板じゃないの? まぁ今はいろんなバリエーションのネタバレがあるもんな。じゃあ何でもいいよ、ジャジャーン的なものなら」

 そしたら俺、アチャー的なリアクションとってやるからさぁ。そしたらお茶の間的にもこっち的にもメンツが保てるわけじゃん。いわゆるwin-winの関係ってやつ。
 ――でも、この女は。

月「あの……ごめんなさいですが。看板とか、ジャーンジャーンとか、本当に、よくわからないですよ……?」

黒シャツ「……」

月「私が持ってるのは、決してしがなくなどない月の石だけでした……」

黒シャツ「あぁ……そうか。……そうなのな」

 この期に及んで、シラを切り通すつもりのようだった。

 はっきり言おう、失望した。
 ……最後まで信じてたのに、今俺の目の前に居るコイツは……俺の事を裏切ったんだ。

黒シャツ「……ははっ……ははは……!!」

 もう、最高。
 笑いがこみ上げてきて、仕方がない。
 俺は愛したひとに、裏切られたんだよ。
 解るかなぁ、この気持ち。
 死にたいよね、本当に。うん、誰か殺してくれよ。


432 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:27:32.15 ID:drwYSqoQo
黒シャツ「バッカみてぇだよなぁ……!」

 最後のタガが外れたな、と思った。
 既に、俺が信じていいものなんて、この宇宙には何も無かったのだ。

黒シャツ「よくできた舞台セットだよ」

月「……ひっ!」

 ゆえに信じてもないモノに何をしようと俺の勝手なワケだよ、うん。
 この部屋のセットに、もはや何の未練もない。ないとなれば、もう壊し放題だった。

黒シャツ「こんなデキのいい、くっだらねぇモンばっか用意しやがってよぉ。あぁ?」

 いつか使った大型のスパナを引っ張り出して、盛大に当り散らす。

黒シャツ「ト○ーマンショーだかトゥルーエンドだか知らねぇけど、ちょーっと調子に乗りすぎなんじゃね? って思うんだよね、俺」

月「あう……あっ……黒、シャ……ひっ!?」

黒シャツ「だからさぁ、今言った通りだよ。俺はここに残るぜ。ネタバレ終わっても、てめーら視聴者の元になんか出てきてやんねぇ。カーテンコールなんざ一生おあずけだクソッタレ」

月「……怖い、怖いよ……黒シャツさん……」

 おーおー、怯えきってやがる。
 ……。

 ――全く、演技のうまいヤツだ。
 それとも全部バラされた後に、俺が逆ギレのひとつでもしないと思ったのかね? だとしたら、どれだけ甘っちょろい女なんだよコイツ。

黒シャツ「いやいやいや、アンタだけは褒めてやるよ仕掛け人ちゃん。短い間だったけどさぁ、おかげでゲスな俺でも幸せな夢を見れたと思ってるんだよ、うん」

 天を仰いだ姿勢のまま、万感の思いを込めてこう言ってやる。

黒シャツ「感謝してるよ。この裏切り者」


433 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:28:03.75 ID:drwYSqoQo
月「わ、私っ……裏切ったりとか、そんなのっ……!」

黒シャツ「いやマジで。ホンのちょこっとだけどさ……本気で、惚れちまってたんだよ。俺騙されやすいからなぁ。マルチとか宗教とかそういうのには気をつけろよって、学生ン時アイツによく言われてたっけか」

月「ねぇ、信じてくださいっ。黒シャツさん、私っ……騙したりとか、そんなの全然っ」

 うん。だから、もういいんだよ。
 全部終わったんだから、さっさと正体のひとつも明かして楽になっちまえよ。

黒シャツ「でもさぁ。人だまくらかしてきたんだよな、お前。電波……つーかそれ通り越して白痴キャラ装ってまでさぁ。全く何年前のエロゲーだよアンタ、あんなコンテンツはもうとっくに終わってるよ。業界として、既に」

月「黒シャツさんっ……なんだかおかしいでしたよ、黒シャツさんがっ」

黒シャツ「アンタにはもしかしたらさぁ、悪気とかそういうの無いかもしれん。その性格も、万に一つは演技とかじゃないのかもしれない」

月「あううぅぅ」

 もうやめろよ。
 今更そんなとぼけても始まらないんだって、っていうかウザいよ、やめろよ。

黒シャツ「でもな、そんなモンは今更だよ。どうでもいいんだ。……因果応報って知ってるか?」

月「……」

 ――だからやめろっつってんだろ!!
 そんな顔で……そんな途方に暮れた顔で、俺を見るんじゃねぇよ!
 ちくしょう……イラつく……ナメやがって、この女……。

 好きだったのに……本当に好きだったのに……。
 裏切るばかりか、ここまで来ておいた上でまだ俺のことをバカにしやがって! どうせそんな顔の内側ではケラケラとあざ笑っているくせに!
 愚かな道化だと蔑んで、哀れんで……そのちっぽけな虚栄心を満たすにはもう十分だろう? なぁ!?

 ……あぁ、もういいよ。もうお前には何も期待しない、幻想なんて抱かないさ。
 そういう事ならば、俺は――。

黒シャツ「なぁ、アンタは俺を裏切ってくれたんだ。ここまで俺をかき乱してくれたんだ。だったらそれ相応のお礼をしてやらなきゃなんねーよな」

 俺は彼女の腕をつかんだ。

月「……え、あ、あうっ……!?」

 何が起きるか分かってるくせにコイツは、わざとらしい困惑の表情を形作ってみせる。ばたばたと醜く手足を動かそうとするが、こんなモンじゃこっちは指一本緩みはしない。
 あははは、いいザマだ! どうやらまともに歩けないほど衰弱してるのだけは真実らしい! まぁ、カップ麺しか食わせていなかったもんな。ったく、おとなしくロケ弁でも食ってりゃよかったものを。律儀なプロ根性だよ、感心すら憶えてしまう。世の中こんな女優ばかりならテレビももっと面白くなると思うよ、うん。
 まぁ、今更か。今更、そんなもんはどうでもいいんだ。

黒シャツ「はいはい全国の視聴者さーん、チャンネルは合ってますかー?」

 俺は先程見つけた天井の不自然なシミに目線を向け、語りかける。あそこに、おそらく超小型カメラが仕掛けられているに違いないからだ。
 他にも隠しカメラは何個も用意してあるだろうが、とりあえずカメラ目線のひとつでも送っておけば、生放送とはいえスタッフが勝手にこのカメラに合わせてくれるはずだ。
 いわゆる臨場感ってヤツだ、俺だってテレビ的な面白さの演出くらいは心得ている。

黒シャツ「俺はこれから、この裏切り者のゲス女をぎっとぎとに汚しまくってやることにしました」

 中指を立てながら言った。


434 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:31:26.55 ID:drwYSqoQo


月「やっ、……何、黒シャツさん……痛いっ。腕、痛いですようっ……!」

 知るか、そんなもん。
 俺はそのままの視線を保ったまま彼女に覆いかぶさり、膝で両腕を動かせないようにロックする。
 どうやらもがいているようだったが、その衰弱しきった身体で大の男ひとり相手にして、一体何ができるってんだ? 病人よりも非力じゃねぇか、こんなの。

黒シャツ「地上波一般向けでは絶対に見られないお宝シーン満載でいきますので、どうか最後までお見逃しなく」

月「……ッッ!!」

 どうやらここまで聞いて初めて、ようやく自分に迫り来る事態が把握できたらしい。彼女の顔色が一気に青ざめる。
 あー、いいねぇ……そうそう、この表情。これがほしかったんだよ。

月「やだ……やめ……やめて……」

黒シャツ「やめて……だってさ。あっははは!! 冗談きついなアンタ」

月「ひっ」

 腕を勢い良く振り上げる、ヤツはさらに怯え、顔を背けて目をきつく閉じる。そうそう、腕が動かせないんだからそうなるわな普通。
 殴られると思ってんだろうな、いい気味だ。

黒シャツ「……一緒に風呂入った仲だろ? 似たようなモンじゃねぇか」

月「い、いやだよぉ……そんなの、いやでしたよぉ……」

 だから俺は殴ってやらない。振り上げた両手をそっと彼女の頬に添える。
 ……これが俺の最後の良心だ。
 幸せだった時間に対する、せめてものはなむけ。

月「ひぐっ……うえぇ……」

 ついに涙までこぼし始めた彼女を無視して、俺は『配役・月』がまとっているワンピースの襟に手をかけた。
 さぁ、こんなモノ豪快に破り捨ててしまおう。どうせこれだって衣装か何かなんだから、幾らでも替えがきく、問題ない。
 ……コイツを汚すのは、いうなれば儀式のようなモノだ。
 だから演出としてちったぁ派手にやってやらないとな。そっちの方が俺だって気が晴れるし。



435 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:31:53.97 ID:drwYSqoQo
月「うえぇ……黒シャツさん……。さっきから、どうしてそんなに……怖っ……ぐすっ、こわ……」

 俺の事が怖いのかって? そんなもん当たり前だろう、お前が俺を怒らせたからだ。
 だから俺はこうやって、お前を無理やりに汚そうとして、

月「ひっく……怖がって、るんでした……?」

 汚そうとして、

黒シャツ「……」


436 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:34:39.71 ID:drwYSqoQo
月「怖いなら、いっぱいだっこしたら安心ですが……? でもでも、黒シャツさんは、なんかそれじゃダメみたいだから……ひぐっ、私っ……どうしよ……」

黒シャツ「……今更、何言ってんだ」

 ……できなかった。

月「なんか、どうしたらいいかわかんないんですよぉ……! 黒シャツさんの事、包みたいのにっ……怖くないようにしたかったのにっ……えぐっ、全然何したらよいのか、わかんないんですよぉ……!」

黒シャツ「……」

月「黒シャツさん、教えてくださいよう……えぐぅっ、……わ、わたしは、何をしたらほめてくれるでしたか……? 頭とか、えうっ、えらいぞってしてくれるんですかぁ……?」

 たかだかワンピースの一枚くらい、引きちぎるのなんざ造作も無いのに。ビリッとやって下着もついでに剥いじまえば、こんなヤツ俺の意志でどうとでもできるのに。

月「こんなに好きだけど、こんなに怖がってるけど……ひっく……でも、わ、私は、結局何もできないんですかぁ? 役立たずの、星なんでした……?」

 どうとでもできるのに、なんで何も出来ないッ!?
 何だよ、お前。
 ……一体、お前は俺の何なんだよ!?

月「うぇぇ……っく……やだよぉ……! こんな黒シャツさん、かわいそすぎたんですよぉ……うわぁぁあああぁん……!!」

黒シャツ「……くっ!」

 ついには泣きじゃくり始めた彼女を前にして、俺の中の何かが耐え切れない容量まで達した。
 彼女から手を離し立ち上がる。足は勝手に後ずさりを始める。頭が痛い。もう、死んでしまいたい。
 例えば、目の前で泣いている彼女に殺されたい。こんなひどい事をしようとしたんだから、俺も相応の報いを受けたい。

月「うわぁあぁぁぁあぁん…………どうして、どうして……どうしてぇっ……!?」

 無理だ。
 ……心根が優しい月に、そんな事できるわけがない。頼んだってしてくれない。
 そうだ。彼女は俺のことを、多分本当に愛してくれているんだ。こんな、下衆でどうしようもない、俺なんかの事を。
 俺は彼女から、目を背けた。

黒シャツ「チッ」

黒シャツ「……興ざめした」

 俺なんかには、もはや彼女の事を見る資格すらないのだ。


437 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:35:42.72 ID:drwYSqoQo
月「わかんないよ……。黒シャツさん……黒シャツ……さんっ……」

 おそらくは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに汚しながら、月は俺の名前だけを連呼していた。なんだよ、どうしてそこまでお前は俺に執着できるんだよ。

黒シャツ「おい、お前」

月「黒シャツさん、あうぅ……黒シャツさん……っ」

黒シャツ「……聞けよテメェ!!」

月「ひっ!」

 苛立ちを全てぶつけるように、力任せで壁を蹴りつけた。

黒シャツ「……」

 不思議なことに今までの理不尽に対する身を焼くような怒りは、たったそれだけの行為で霧散してしまった。
 急速にしぼんでいく。何もかもが。
 さっきまでサカろうとしていたヤツが何たるザマなんだろうか。そう考えるとまたボルテージが一気に下がる。

黒シャツ「もう、しゃべりかけんな」

月「黒シャツさんっ……」

 冷えていった。

黒シャツ「しゃべりかけんなよ」

 視界に映る、何もかもが黒に近似していく。

黒シャツ「俺はもう……寝る」

月「あの……?」

 虚飾と虚偽に彩られながら、フェードアウト。

黒シャツ「ネルから……そこ、ドいて……」

 足取りがさっきからどうにもおぼつかないが、もうそんな事は今更どうでもよかった。
 とにかく今は、静止したいなと、それだけ考えていた。

黒シャツ「……おやすみばいばい」

月「えっ? 黒シャツさん……?」

 そう、静止。
 全て、止まってしまえばいいなと思った。
 時間も、存在も、概念も、ベクトルも。
 ――何もかも。


438 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:36:26.55 ID:drwYSqoQo
月「――!! ――!!」

 何か身体にすがりついてくるモノがあるけど、それももはや些事にすぎなかった。

月「――!! ――――!!」

 そうだ。殻の中身を、空っぽにしてみよう。
 曖昧と混濁に紛れ、リセットボタンを押しながらスイッチを切ろう。

黒シャツ「……あー……そうだね」

月「――? ――――!!」

黒シャツ「……これが、せーかい、かぁ……」

 心が真空になっていく過程で、俺はやっと気づいた。
 なんだ、なんにも怖くない。
 そうだ、月の言う通りだ。何も、怖くなんかなかったんだ。
 大丈夫だぞ、月。俺はもう、大丈夫だ。

 ――こうすれば、全然怖くないじゃないか。
 寂しくなんか、ないじゃないか。




439 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:41:05.11 ID:drwYSqoQo
/////////////

Worst End

エンプティ・シェル

Empty Shell

/////////////


440 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:53:25.01 ID:drwYSqoQo
 たくさんの時間が、過ぎたみたいだった。
 どれくらいたくさんかは、解らないけど。

 ……俺は、本当に落ち着いていた。
 今ではあの時のことは、取り乱してしまったなぁと反省している。

「……んーしょ、んーしょ。黒シャツさん、おはようございましたっ」

 もっとも、その言葉を述べる相手が視界に入ることは、金輪際ないのだけれど。



441 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:54:06.00 ID:drwYSqoQo
 あの後俺は、しばらく室内をさまよったあと、どこかの倉庫みたいな部屋が一番安らぐので、そこにずっと居ることにした。

「朝ごはん、作りますか?」

 横になり膝を抱え、宙空かなた5光年辺りを見つめる。

「……えっと。多分ほしいだろうから、作ってきますねっ」

 胎児のポーズ。ヒトが始まる時のポーズは、やはり心が落ち着くものだ。

「んーしょ……んーしょ……わっ、と。危ない危ない、こぼれたら黒シャツさんのお部屋が大惨事でチェルノブイリでしたけどっ」

 ……。

「黒シャツさん。地球食とか、できましたがっ。……はい、あーんっ」

 口の中に何か押し込まれる感触がした。ぼとぼとと、こぼれる。

「月の石も、ばっちりさっくり入れてみましたー。ハイブリッド仕様ですね、まさにファーストコンタクトな感じですけどっ」

 何か熱いモノだったので、不快だった。
 でも、別に放っておいても構わないと思う。

「……うぅ。こんなもん食えない!って、おこってくれない……」

 しばらくしたら、静かになった。



442 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:54:32.34 ID:drwYSqoQo
 ……。

 …………。

 静かになってしばらくしたら、また騒がしくなった。

「んーしょ。黒シャツさんっ。お風呂、入っちゃいますよー?」

 また静かになった。

 ……。

「んーしょ……っと。報告ですね、連続で3回も入っちゃいました!!! おみず使い放題で私の皮膚はこれ以上無くつるつるですがっ」

 また、やかましくなった。
 さっきから何なんだ。全く。

「あう……やっぱり、たたいてくれない。おみず、貴重だって言ってましたけど……」

 ――俺は静かがいいのに。外部刺激がない世界が望ましいのに。


443 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:55:10.31 ID:drwYSqoQo
 ……。

 …………。

「く、黒シャツさん、黒シャツさぁん!! じゅ、ジューダイな報告がありましたっ!!」

 身体にぽこぽこ、と振動が起きる。何かに軽く叩かれているらしい。
 鬱陶しい。
 あまりに鬱陶しいので、言葉に耳を傾けてみる。

「なんと……なんと……見てくださいこのおでこっ。1円玉、5枚もくっつけることに成功しましたーーーっ! わーいっ」

 ちらと見る。
 ……くだらない。くだらなさすぎる。
 もう、嫌だ。ほっといてくれ。

「わーい、わーいっ……って。あ、黒シャツさんがこっち見てますがっ」

「……」

「えへへ。……ねーぇ、黒シャツさー……」

「があぁぁああぁぁぁ!!!」

 身体を振り回す。
 この鬱陶しい何かを黙らす方法が分からないので、とりあえずこうしてみた。

「った……!!……っぐ……っう!! ……いた、いたいですよぉ……えへへ……」

 ……ダメだったみたいだ。
 疲れた。もうどうにかするのは無理だ。忘れよう。

「にゅふふ……黒シャツさんが、久しぶりに怒ってくれたな。嬉しいなぁ」

 何かつぶやいて、誰かは居なくなった。
 ……よかった、これでやっと安らげる。


444 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:56:32.32 ID:drwYSqoQo
 ……。

 …………。

 それだけでは終わらなかったのが、なんだかとても嫌だった。
 それからも、その誰かは俺の安寧を妨げに来た。何度も何度も。

「返事、してほしいなぁ……」

 ……。

「今日はなんだか、寂しいから一緒に寝て欲しいんでした」

 ……。

「にゅふふ……黒シャツさんっ。今日もいいお天気ですよー、かっこ私の中ではっ」

 余裕のあるときには無視をした。

 ……。

「……げほっ、げほっ!……く、黒シャツさん……もっと優しく、たたいてくださいよう……」

 ……。

「痛いなぁ、痛いなぁ……嬉しいなぁ」

 ……。

「……ねぇねぇ、黒シャツさん。もっとおこってほしいな、もっと傷とかそーいうの、たくさんつけてほしいなっ」

 余裕のない時には排除を試みた。
 ……たまに網膜を横切る誰かの姿を目に入れるが、そいつはいつでも微笑んでいた。

「んぅ……もっと……もっとひどい事、してくださいよう……これきもちーんですよぉ……にゅふふ」

「んっ……はーっ、はーっ……がふ! も、もっとぉ……もっとしてくださいよう……もっと……ぐちゃぐちゃにしてほしいでしたあ……はぁ……んっ……え、えへへ……」

 いつでも微笑んでいた。



445 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:57:07.96 ID:drwYSqoQo
 ……。

 …………。

 とある時間。

「んーしょ、んーしょ……黒シャツさん、失礼しますね」

 例の誰かが、また俺に接近していた。
 ずり、ずり、と這いずる音が聞こえる。……いつも通り。
 俺はもう、うんざりしていた。
 暴れても諦めないし、知らんぷりしても諦めない。もうそんなの、どうしたらいいか分からない。

「あの……ですね、よくよく考えたんですけど。……私もう、限界でしたね」

 ――ゲンカイ、ってなんだろう?
 よくわからないが、声は少し弱々しくなっているようだった。それは俺の背中に張り付いてくる。

「黒シャツさんにたたかれるの、大好きですが。にゅふふ……もう、なんか、苦しくって……生きてけないですね、私」

 背中に僅かな振動が、伝わってくる。

「ですから、いっその事。原初に戻ればいいのかなって思いました。むーん、リセットって言うのですか?」

 多分これは、心臓の鼓動じゃない、息遣いでもない。そもそもこいつはいつからか、温かくなくなっていた。

「46億年前に戻せばいいんですねっ。という、それはそれは画期的な結論でした」

 だからコレはもはやとっくに、人間じゃないんだろう。
 振動の正体は、こいつが生み出す全身の震えかもしれない。
 きっと冷たくなったから、ガタガタ震えているに違いない。寒くて、寒くて。

「……」

 震えが、ぴたりと止まる。

「このコロニー、もうすぐ『私』が受け止めてあげますね。がんばって万有引力、いっぱいいっぱい、出しますゆえ。むんっ……にゅふふ」

 誰かの身体が、離れる。
 丁度良かった、これ以上くっつかれていたら暴れなきゃならなくなるところだった。

「そしたら、二人で一緒に。……地球に向かいましょうね」

「もう一度、地球さんとひとつだった頃に……戻りましょーねっ。にゅふふ、あはは……あははははははっ」


446 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 07:58:13.61 ID:drwYSqoQo
 ――あ、あ……。
 少しだけ、意志が戻る。

 ――やっと、終われるのか……?
 よくわからないが、嬉しかった。

「手を、握っててくださいね」

「なんかもう、それだけでいいです、私それでいっぱい幸せです。いーっぱいたたいてもいいですよ、いろんなとこがキュンってなて、きもちーですよ、えへへ」

 手を握られた。

「……黒シャツさんが触ってくれるならば、多分私はなんでもいいのでしたっ」

 よくわからないが、なんだかそれでいいような気がした。
 涙がこぼれたような気がする。おかしいな、今更泣くつもりもなかったのに。
 でも仕方ないな、と思う。
 どっちも既に、取り返しの付かないほど壊れてしまったんだろうと思うから。

「ねっ。黒シャツさんっ」

 凶悪な力で、身体を抱きしめられた。
 ミシミシ、と骨がきしんだ。何本か、肋骨が折れたかもしれない。

「わたし、0.2Gもないでしたが。地球とか比べると重力弱いですけどしょぼしょぼですけど。……それでも40km分も加速が付けば、すっごく痛いですから」

 ――その前にせめて私が、締め殺してあげますね。
 
 と言って彼女は優しく慈しむように、不可避の力を込めていく。
 そう、多分これは抗えないくらいの大きな力だ。
 真空に放り出されたら問答無用で干からびてしまうような、太陽に放り込まれたら問答無用で蒸発してしまうような、そんな感じの絶対的な力。
 そうだ、今はっきりと思い出した。
 彼女は確か、月という名前の――『星』だった。


447 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県)[sage]投稿日:2012/02/04(土) 08:00:25.63 ID:drwYSqoQo
 月を見た。瞳を歪ませて、微笑んでいた。
 そのまま彼女はそっと唇を重ねてくる。

「……大丈夫ですよ、黒シャツさん。私はあなたがどんなになっても、ずうっとずうっと一緒ですゆえ」

「永遠に、一緒なんですね」

 永遠に一緒か。
 このまま月に落ちて、彼女と一緒に地球にぶつかる。
 夥しい量のマグマと水蒸気とガスに包まれて、その中で俺たちは永遠にひとつになる。ここで月がすべてを終わらせてくれるなら、それもいいのかもしれない。
 久しく使っていなかったヒトの言葉をなんとか選び出し、一言だけ伝える。

「……今更、だろ」

 肺から一緒に血の塊も溢れるけど気にしない。どうせ、あと10秒もしないうちに月が俺を、きちんと殺して(おわらせて)くれるんだから。
 それに改めて言う必要もないよ、とも思う。――今までずっと一緒だったくせに、本当に今更何を言ってるんだ。
 それを聞くと、月は今までで一番最高の笑顔を俺に向け、

「……にゅふふ。最低な黒シャツさんも、かっこいいですね……あはは、あははは、あははははは……」



月「ふふ……うんっ。私やっぱり、黒シャツさんの事……だーい好きでしたっ」

 俺の大好きだった彼女は、どうやら涙も流しているようで、その後、ばきっ、と音がし



//////////////////

[BADEND2 Worst End]
到達条件:最後の最後まで現実と向き合えないこと

//////////////////



448 名前:あとがき[sage]投稿日:2012/02/04(土) 08:25:48.37 ID:drwYSqoQo
これでおわりでおつかれちゃん
あとがきちゃん

さくっと読める、ちょっと昔の全然ぬけないエロゲーみたいなのをやりたいなって思って書きました
なので、まずキャラクタとかをパクればいいかなって思いました あ 違う オマージュりました
だから、月さんはあんな感じでした
がんばって思わせぶりなこと書いたりしたけど、1割くらい本編で消化できなかった 残念
あと、ほんとはエンディングもう一個あるけど、最後のエンドとかなりかぶるから封印しましたね

んで、まだ「なんか回収してないじゃん!死ねってところがあるから
んで、これからそれをちょこっと書いていこうかなと思います
んで、内容は、月の正体不明についてです
んで、それ終わったらhtml化依頼出して、次のスレ立てます
んで、タイトルは多分『【おはなしシリーズⅡ】男「夢オチ……?」』です
んで、多分そうですけどそうじゃないかもです
んで、今回のおまけあります


ttp://ktkr.vip2ch.com/upload.cgi?mode=dl&file=4473
pass:tuki

このおはなしにまつわる画像の一部と、BGM全部と、テーマ曲がミクさんでぐいんぐいんです
絵は、とある人に描いてもらいました
曲は、とある人に作ってもらいました
どっちもすごい活躍してるひと! 雰囲気でてるのつくってくれたのでうれしい!
惜しむらくはフリーゲームにできなかったことでした プログラムとかができませんでした
なので悔しいので、顔真っ赤にしてここでスレ立てたのですね
それっぽい人みかけたら応援してやってくださいね!

読んでくれてありがとね
さよならばいばい でももうちょっとだけ続くんじゃよ



450 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/02/04(土) 08:47:33.29 ID:yHioI7wSO
素晴らしひ




451 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[]投稿日:2012/02/04(土) 11:31:24.47 ID:Kx3pPzBg0
>>1

乙 


452 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/02/05(日) 00:45:38.39 ID:21I0lfzH0
乙かれー
来ていたのか!面白かったよ


453 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/02/05(日) 02:40:25.37 ID:+knsWZHIO

ゲーム化してたら月面基地前の作品みたいな良ゲーになってた予感


454 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県)[sage]投稿日:2012/02/05(日) 06:06:13.03 ID:RrEYaJFso
素晴らしい才能に拍手


 
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