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月「宇宙はとっても、やさしいのでした」3/4

月「宇宙はとっても、やさしいのでした」


月「宇宙はとっても、やさしいのでした」



227 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 17:04:41.54 ID:OuLj2YjIO
じゃあ、自動航行します
あと、スチルみたい人がいるぽいからもうちょっと流れにくいロダにあげる
あとバッドエンドにもスチルあるのでエンディング後に全エンディング晒す
あと今回はBGMも晒す
全部晒す
さよならばいばい


228 名前:2nd[]投稿日:2012/01/16(月) 23:16:14.30 ID:cVEKgP3fo
//////////////

Count15

望月

"Contact"

//////////////

 ――。

 宇宙(そら)を、見ていた。

 静かな宇宙が、幼い頃からとても好きだった。

 精細なレンズを通してみる宇宙はやはり精細で、何万光年かなたから来る星の輝きが劣化しない、そのままの形で視界に入ってくる。綺麗だ。

 宇宙は今日も、当たり前のように澄み切っていた。


男「……」

 けれど、今日も何故だか月だけ見えない。
 土星さえもその形をはっきりと捉えられる程、それほど澄んだ空なのに。やはり月だけ、見ることができない。



元スレ
月「宇宙はとっても、やさしいのでした」
SS速報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)@VIPService




229 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:16:40.15 ID:cVEKgP3fo
 ――いつからだろう、月が見えなくなったのって。
 普段はそう気にも留めない事なのに、妙に心に引っかかる。
 カーテンを久しぶりに開けて、ベランダにでも出てみようか? そうすればレンズ越しには見えない月も、もしかしたら姿を現してくれるのかもしれない。
 ……いや、やめておこう。そんな気分になれない。


 ……って。
 俺はいつからそんな事を思ってるんだろうな。自嘲気味に笑う。
 外の空気に触れなくなったのはもう、とうに昔の話だ。太陽の光、緩やかになぐ風、草木の匂い。もはや、それらの感覚さえ忘れてしまって久しい。
 つまり、全ては今更。やる気を出したところでどうにもならない。そういう話。

 蛍光灯を消し、手元のランプに灯を入れた。何かに集中するときのマイルールってやつ。ぼやけた暖色が、俺と世界の境界線をなんだか曖昧にしていくようで落ち着く。

 ……さあ、もう少し仕事したら今日は眠ろう。
 オーディオに手を伸ばそうとしたが、再生ボタンに手をかけたところでやめる。なんだか今日は、音楽を聴く気分ではない。
 ……今日『も』、か。

 鉛筆の削りかすを捨てて、伸びをする。

男「……」

 心地よい疲労感。手元には今日も少しだけ進んだ、俺のやらなきゃいけない無意味な事。
 いつ、終わるんだろうな。

 ……俺に分からないなら、誰にも分からないか。


 今更な疑問を早々に捨て、布団に潜ることにした。
 パリッとしたシーツの感触で、今日もまた少しだけ嬉しくなる。毎日面倒を押してリネンを済ませているだけの甲斐はある。
 照明を全て落としてしまえば、部屋は完全な暗闇。このままだと寂しいので思案にふけることになるが、これもやはり毎度の事。

 さて、ここで思案。

 ――我が人生とは、惰性である。
 俺の人生は、端的にはオマケのようなものだと言える。
 外部と関わりを持たず、生活が自宅の中のみで完全に自己完結している、そんな存在。

 まぁ、いわゆるヒキコモリってやつだ。


230 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:17:06.48 ID:cVEKgP3fo
 と言っても、別にどうしても外に出たくないわけじゃない。出ようと思えばいつでも出られるんだ、多分。
 ただ、何となくそんな気になれないからここに居座り続けているうちに、外に出ることがなんだか今更のように思えてきて、だ。
 そんなものは今更どっちでもいいじゃないか、と結論が出始めればこっちのもの。外に出ようが中に居ようが変わらない、だったら面倒でない方を選ぶ。すなわち現状維持のベターチョイス。
 というわけで、これも惰性。流されるままに、外に出ない。
 その惰性のおかげで曜日、日付その他、一切合切の時間感覚が失われてしまったが……まぁ、これも今更の話。


 とりあえず毎日がエブリデイで日曜日という事で。そこら辺はかなりポジティヴに生きてる。
 生きてるんだが……今更、か。いつしか諦め早くなっちまってたんだな、俺。

 考えてみれば、惰性しかない人生。おそらくこの先も俺はおまけの人生を生き続けるんだろうな。
 死ぬまで。
 今更だけど終わってるよなぁ。飯食って寝るだけの生き物って、ヒトとして。

男「……?」

 ……と、ノックの音が聞こえたような気がする。
 こんな時だってのに、一体誰なんだろう?
 新聞の勧誘ツアーだろうか、国営放送の受信料徴収ツアーだろうか。とりあえず放っておこう。
 情報弱者である事に誇りすら持ち始めている俺にとっては、どちらも無意味な存在なのだ、ヒト怖い会いたくない顔合わせたくない。つい本音がポロリ。

男「……」

 ……さて、居留守を駆使してもノックは鳴り止まないのだが。しかしこんな事でへこたれる俺ではない。


 俺の『ヒトと関わりたくない度』のメーターはとっくに最大値を振り切っている。ちょっとやそっとではこの固い決意はゆるがないんです。
 そう……惰性で生きてる俺でも、こういう時には男らしくはっきりと決めるんだぜ。ぜぜ。

 そりゃあ逃げますね、思い切り。

 という訳で、意地でも寝てやろうと思う。おやすみなさい。
 この騒音も、いわば俗世の汚れを洗い流すための修行なわけですよ。俺は清純派を目指しているわけで。はい心頭滅却おやすみなさい。

 ……。

 …………むにゃ。


 ごんごんごがんごがんごがん!!どがががががん!!ごぎんごがん!!!

男「うるせうぇっへ!!!ゲホッゲホッ!!」

 畜生!! 寝てられるかこんなもん!!
 ――ちなみに今の情けない声の主こそが、何を隠そう俺である。
 久々に声出したらむせちまったじゃないか。なんか微妙に裏返ったし、ドスをきかせたつもりが微妙に甲高くなっちゃったし。


231 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:17:32.26 ID:cVEKgP3fo
 それにしてもあのデタラメなノック音、というより打撃音はなんだ。これはさすがに筋金入りのヒキコモリでもスルーできるアレではないぞ。あぁ、まだ耳がキンキンいってやがるし。
 ……仕方ない。
 エントランスのロックを外し、モニターを注視。

男「……?」

 誰もいねぇ。
 ……って、足音が聞こえるんだけど。えっ、もしかして勝手に上がってきちゃったの。何それ怖い。
 やれやれ常識のない訪問者だと、ため息ひとつ。

少女「うーっ」

 普通はモニター越しに用件とか伝えてだな、あれ?

 とか思ってる間に?


少女「うううぅぅ……!!」

 いや、誰?
 あぁそうかなるほど、不法侵入者だ。
 いやいやいや、そういうのじゃなくて。

少女「うぅうぅーっ……!!」

 女の、子……?

少女「うぅうぅ!!」

 いや、なぜにうなる!
 しかもかなりの急接近! 目と鼻の先まで近づいてきてるし、なんかよく分からない事に涙目だし。何これ、いやほんと何よこれ。

少女「うー、全然返事してくれなかったですね!! 会って早々、早くもイジメの可能性が高まっていますねっ!」

 ちょ、ちょ、ちょっと待って、うん、なんか、色々カオスがアレだから待ってて。



232 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:17:59.42 ID:cVEKgP3fo
 ええと、今のはつまり?

 突然の来訪者は、目の前のこの少女でございまして。見た目大体12~3歳ほどのちんまい少女さんでございまして、その方がピンでいらっしゃいまして、何やら不自由な日本語を扱ってらっしゃいながら、両手を挙げて抗議している。よし、理解した。
 内容を解読したところ、どうやら怒っていると。
 先ほどまでノックをしたのに無視されたから怒っているのだ、と。ここまではオーケー。なんか喋ってる日本語が斜め上方向に難しいけど、大体こんな意図だと思う。うん。

 まずはそうだ、とりあえず会話を成立させよう。
 言いたいことは山ほどあるのだが、こちとら筋金入りのひきこもり。はっきり言って言いたい事が言えない世の中に生きちゃってるわけ。にわかに高速回転を始めた無数のクエスチョンマークから、ようやくそのうちの一つを拾い上げて、

男「おおお前だだ誰ですか!!」

 待て、俺も色々ひどい。
 その気もないのにドモり全開、つーか自分で言うのもなんだが蚊の鳴いたような大きさでしか声が出ない。あー、もう。なんだこれ!?

少女「こんなに蹴ったから足折れちゃうじゃないですか。せっかくの足なのに折れたら可哀想ですねっ」

男「そそそうですね。お前だだ誰。けばばば場合によっちゃけけいさつ」

 せめて俺だけはちゃんと喋れるようになりたいものです。第一種接近遭遇より僅か十秒。焦りを通り越して一気に達観の領域へ至る俺である。

少女「私は『けいさつ』とかではなかったと思いましたがっ」

男「いやいやそうじゃなくて!! いいいいきなり入ってくるのに、知らないヒトは失礼でして……」

 しかしだなぁ……達観した上で言うけども。

少女「はっ。……これは失礼しました。あいさつしてませんもので」


 お前本当に誰だ。
 俺の現在の知り合いにこんなのはいない(少なくとも女性の形をしているものはいない。死にたい)んだが。

少女「こんにちは、私は月でしたが。それではお邪魔します」

 一旦玄関まで引き返した後、一礼ぺこり。満面の笑み。
 再び侵入。

男「……んん?」

 二度目の不法侵入を妨げる前に、ちょっと引っかかったね。
 普通引っかかるよね、どうみてもまともじゃない言葉が混ざってたよね。
 あの、クイズに答えて旅行を当てる系のキャンペーンのクイズ並に分かりやすく混ざってたよね。


233 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:18:28.15 ID:cVEKgP3fo
男「あああなた……今、なんとおっしゃいました?」

少女「?」

少女「ごあいさつをして、お邪魔しますと申し上げます」

男「いや、そうじゃねぇ。どちら様とおっしゃりやがったんです?」

少女「はい。月ですが」

 またも満面の笑み。

男「……うん」

少女「ご存じないですか? 普段は地球の周りを、周期約236万秒でまわっている天体でしたが」

 そうか、なるほど。

男「ご愁傷様です」

 どうやら完全に頭のネジが飛んでいるらしかった。

月?「よくわかりませんが、それではお邪魔します改めて」

 それも、極めてひどい症状らしかった。

男「……」

月?「あれ、お茶をいれたりしないのですか? 地球の礼儀と聞いてましたが」

男「……」

月?「んん? 凍ってます? もしかして数万年ぶりの氷河期の到来でした?」

 あまりのひどさに、追い返すという選択肢も頭に浮かんでこなかった。


234 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:19:08.35 ID:cVEKgP3fo
《リビングルーム》

男「……どうぞ」

月?「にゅふふ、ありがとです」

 律儀にお茶を出してしまった俺も、たいがい彼女に輪をかけてどうかしていると思う。何、この絶望の果てに残されたささやかなもてなしの心的なもの。

『お前の方がどうかしとるやろ!(ハハハハハ)』

 トーク番組を垂れ流しにしていると、ひな壇の3列目辺りからツッコミが聞こえてくる。ナイスタイミング。

月?「うわあっ、お茶ってこんなにおいしいものでしたけどっ?」

男「ふん、まるで飲むのが初めてなような言い草だな」

月?「衝撃の初体験というわけでしたね」

男「けっ、ウソばっか」

月?「星は嘘なんてつきませんっ」

 いつの間にか俺のどもりが無くなっている事に気づく。コイツ(もうコイツでいいや)があまりにアレだったんでどうやら俺の優秀な脳みそは、本来美少女を目の前にしてウブな主人公キャラが起こしそうな、素敵な出会いの予感だのフラグだのなんだの、その辺の面倒くさそうな反応をする気が失せたらしい。

 いやぁ、それにしても自分が『月』だとさ。
 虚言癖もここまでスケールがデカいと感心すら憶える。
 あぁ……それにしてもコイツのこの鮮やかに素敵な痛々しい言葉遣いって、どこかで見たおぼえがあるんだよな。

月?「むーん?」

 あと他にも色々、なんというかどこからツッコミを入れたらいいか分からない点もなんかデジャヴ。

月?「……うずうず」

 つーかそもそもだな、何の脈絡もなくこんなヒキコモリの家に上がり込んできているわけで、わざわざ俺の家を選んで上がりこむ理由など何もないわけで。

月?「ずっと……ずっと……」

 あぁもう、そんな考察はどうでもいい。とりあえずこの茶をしばかせたら帰ってもらおう。とても穏便に済んでくれる保障などないが、これ以上の面倒事はもうたくさんだ……って。
 この方、何だかわきわきしていらっしゃるけども。
 ええと、立ち上がってわきわきした後で、体重を少し後ろにためて、ぴょいんっと効果音が付きそうな跳躍を経て、

月?「ずっと会いたかったですねーっ!!!」

男「ぎゃーっ!」

 電波少女が俺のもとへダイビング。


235 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:19:41.43 ID:cVEKgP3fo
月?「私、あなたの近くでずーっとずーっと見てたんですよう!! 願いが通じたんですねっ。それはひとつの宇宙的な奇跡でしたねっ」

 と、そう一気にまくしたてる。頬は紅潮しつつ、適度におきゃるな声色。
 ……あ、そうだ思い出した。こういうシチュエーション、なんかパソコンのゲームみたいなのでやった事ある。
 そうそう、なんか主人公がめちゃくちゃにモテてフラグ立てまくってもげて死んで欲しい感じのゲームとかアニメとか。なんかそれに出てきそうな流れだ。

月?「もう私、嬉しくて嬉しくて核分裂起こしそうですね……!」

男「ヒトとしてそれだけは起こしてはいけない」

 記憶の底に沈み込んだ、あの手のゲームのキャラクターのイメージを引っ張り出してみる。
 あのブランドのあのゲームに出てくるあのヒロインとか。あとは、あのブランドのあのゲームに出てくるあのヒロインに、それから、あのブランドのあのゲームに出てくるあのヒロイン。

月?「私、ヒトじゃないですよ? 星なので大丈夫です。ガンマ線とか中性子線、もれもれだーだーです、にゅふ」

男「……ダメだこいつ」

 あぁ、そう。この、突っ込む手がかりすら残さないような救えない感じ。どう見ても手遅れって感じの電波を受信してるんだよ、ちょっと前のそのテのゲームのヒロインって。
 実際こうやってリアル系三次元のラブがデス過ぎてる感じで目にすると、なんだか余計可哀想に見えてくる。ゲームの主人公のような、あふれる出会いへの期待感など微塵もない。

 ――ただただ、不憫でならない。
 自然と、目付きは優しくなった。

男「なぁ、お前」

月?「はい、なんでしょうね」

男「どこの病院から抜けてきた?」

月?「出自の事を聞いているのでしたら。ええと……あれは46億年程前にさかのぼりますけどもー」

男「あ、オーケー。話が通じない事は分かったから、そこまででいい」

月?「……? はーい」

 うん、やはり。妄想の規模も大きければ、その病根も相当に深そうだ。

男「なんかこう……持ってないか? 身分証明じゃないけど、その手のもの」

月?「あ、私持ってます。自己証明ならいつでもできるのでした、えっへん」

 あるんだかないんだか分からない胸をぐんと張ってひとしきりドヤ顔を見せつけた後、ポケットの中身を探り始めている少女。
 そうはうまくいかないだろうと思って尋ねてみたがワンチャンあるかもな、これ。隔離されてる病院がどこかさえ分かればこっちのものだ、病院の診察券かなんかあったら真っ先に電話して迎えにきてもらおう。
 よし折るぞ、こんなマトモじゃないフラグなんて爽やかにへし折ってやる。そして真のエンディングにたどりついてやる。

男「助かった。ちょっと待ってろ、ケータイ持ってくるから」

月?「ありましたね。はいっ♪」

男「……え?」

 思わず出した手のひらに乗っかったのは……白くて、まあるい?

月?「月の石ですね」



236 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:20:34.32 ID:cVEKgP3fo
月?「採れたて新鮮の、一番石ー」

 そう言ってにへらーって笑う。右手を振ればおそらくさっき取り出したのだろう、缶がカラカラと甲高い音を立てる。

男「さくまさんトコのドロップスじゃねぇかよ!」

 しかもハッカ味。一番需要が薄いところをピンポイントで。

月?「わーっ! 私の一部を投げないでーっ」

男「何が一部だよ、じゃあリアル月はそんなに甘酸っぱいのかよ!!」

月?「ほんのり甘くて爽やかな、いわば恋の味ですけど……?」

男「……帰れ」

月?「お母さんの味でもあるわけですね、私すごーい。わーいわーい」

男「帰れ!」

 ……とてもじゃないが、付き合ってられない。
 もう無茶苦茶だ。改めてはっきりと、言わせてもらおう。

月?「えっ……」

男「いいから元居た病院かどっかに帰れよ!」

男「俺はこんな立場の人間だから……まぁ少しくらいはいいけど。……でもな、お前みたいなのを面倒見てくれてるヤツに迷惑かけてんじゃねぇよ」

 言葉が通じなくても関係あるか、正論で正面からたたきつぶしてやる。
 そもそも俺は静かなヒキコモリ生活を望んでいるわけであってだな、こんなのに揺さぶられていたらたまらん訳だ。どうしても分かってくれないようなら、それこそ力ずくでもって……。

月?「うゆううう……」

 ……やべ、泣かれた。


237 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:21:35.25 ID:cVEKgP3fo
男「……お、おい」

月?「い、一緒に時を過ごしたいって思ったら……ダメなんですかぁ……?」

男「いやぁ……その、俺は別にぞんざいに扱う気はなくてだな」

月?「ずーっと気になっていたヒトと、ただ一緒に過ごしたいって思うのが……そんなに迷惑でしたか……?」

男「いやその、お前がご存知でも、俺はお前の事を知らないわけだしなぁ」

月「私はずっと見てました、知ってます。あなたは今から、知ればいいだけでした……」

 まずいな。なんか、俺が悪いみたいな流れ。良心の呵責がどうのこうの。冷静に見て客観的に見て、無粋を働いてるのは俺の方だ。
 でもなぁ、だからって猫を飼うわけじゃあるまいし。女の子に押しかけられてホイホイ抱き込むのが紳士のたしなみかって言われたら、それもなぁ……。

月?「ずっと、ずっと宇宙の中で、ひとりぼっちでさみしかったのに」

 彼女はうつむいたまま言葉をひとつずつ、ぽつりと投げる。

月?「初めてしゃべれるひとができたのに。またひとりぼっちはやだよう」

 そう言って、不憫な少女は懇願した。
 ひとりぼっち。

男「……っく」

 あー。ダメだ。

 なんか……ダメだ。
 取り残されて、ひとりぼっち。
 誰からも見捨てられて、たった一人になって。
 救えないほど狂っちまって、ベソかいて。
 ……まるで、今の俺みたいだ。


男「……メシ」

月?「?」

男「メシ……作ってくるから」

月?「えっ……その、はい。え? え?」

男「机の上のモノにだけは触んなよ。仕事道具……もう今更、替えなんてきかないんだからな」

月?「ほぇー」

 あぁクソ、鈍いなコイツ。

男「居候になりたいってんだろ? じゃあ教えなきゃいけないだろ、ウチのルールをさ」

月?「……ふぉ!」

 あ、やっと気付いた。

月?「あの、えと……えひ、その……」

 体重を後ろに溜めて、勢いをつけて……?

月?「うわーんっ!!」

男「ぎゃーっ!」

 またも、そのまま胸にダイブ。非常に心臓に悪い。


238 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:22:33.56 ID:cVEKgP3fo
月?「嬉しいよ、嬉しいよ……! 一緒に居られるんだねえ!」

男「やめ、やめろ! 俺はまだヒト慣れしてないんだ、純粋培養の健全男子なんだ!!」

月?「も……もう、わたし、核融合起こしてもいいですね!!」

男「よしんば抱きつくのはアリでも、それだけはやめてください!」

 誰も寄せ付けぬ城で優雅にひきこもっていた、俺。……のはずなんだが、ここに来て妙なきっかけで変革の兆しが現れだしたような。
 俺……これから、一体どうなってしまうっていうんだろう。無事であることを祈ろう、とりあえずは。


////////////

Count15 "Contact" is over.

[SANITY]=20
[FLAG]=xxxx

////////////


239 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:23:05.19 ID:cVEKgP3fo
//////////////////

Count16

十六夜月

"Luna"

//////////////////

《キッチンルーム》

男「……おっと」

 先程からヤカンが悲鳴をあげていた事に気づき、慌ててヒーターの電源を止めた。すんでのところでお湯を吹きこぼさずにすんだ、危ない危ない。
 このご時世、水は貴重ですからね。割とガチで。

 と、いうことで。腕まくりをして料理を始めることにする。

男「そいやぁ!」

 
 まばたき一つせぬ間にフタを取り、かやくと先入れスープを寸分狂わず無駄のない洗練され過ぎた動きで投入し、沸騰したての湯を華麗に優雅にたおやかに注ぐ。

男「ふんっ!」

 さらに絶好のタイミングでフタを閉め、すぐさまそのヤカンを用いてこれまた絶妙な力加減でプレスをかける。達人の一連の動きは、既に業ともいえる域にすら達していた。
 世界で最もカップ麺を作るのがうまい男(暫定)、俺。次期オリンピックの種目には是非、男子100
 ――今の表現がわかりにくかった人の為に説明しておくと、こうすると熱でフタがぴったりくっついて密封状態が作れるんだよね。誰が考案したかは知らないけれど、リアルでも使える立派な裏技でございます。



240 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:23:58.16 ID:cVEKgP3fo
 さて、しばし勘案。

月「~♪」

 つーか、リビングでのんきに鼻歌歌ってるアレのこと。
 まぁなにやら『私は月だ』とか妄言ほざいておりますが? 当然今も、信用など微塵もしておらんのです。
 中坊くらいの時に流行ってたアニメを思い出す。空から少女が落ちてくる系のやつがあった、猫が人間になってイチャイチャにゃんにゃんするやつもあったような気がする。あと天使ちゃんみたいなやつとイチャイチャにゃんにゃんするやつ。
 かたや現実。どうやら星(自称)が遊びに来る系の話だそうです。非常に壮大な宇宙ロマン。
 まぁ……黙ってさえいりゃあアレもちょっとした美少女とも言えなくもないが、あのエキセントリックすぎる言動で差し引きゼロ以下、はっきり言ってどん引き。
 安易なキャラ付けは地雷の元なんだって事をプロデューサにもクリエイターにもわかってほしいなと、俺はそう吠えたいワケですよ。

 さて、ここで彼女の妄言についての対処を考えてみる。一切スルーしていく事にするか、それともいっそアッチ側の土俵(それはそれは素敵な世界)に合わせちまった方がいいものか。
 まぁこういう迷い方ができるくらいには、俺も落ち着いてきているって事だが。
 たとえデンパ女でも、今の俺にとって話相手は貴重な存在なのだ。まして緊張も恐怖心も抱かずに話せる相手とくれば、実のところ……ちょっとだけ歓迎だったりもするんだが。

男「……そこまで『付き』合ってらんねぇよな。……月だけに」

『あーもう! お前がしょーもないコト言うから爆発してまったやないかーい(どっ)』
『結局何やっても爆発するんじゃねーか!(ハハハハハ)』

 あっちの部屋のTVから垂れ流しになっている、ゴールデンタイムのネタ見せ番組の声。またタイミングを図ったように反応してきやがる。
 今日のトリはどうやらオボンギャルドらしい。ボケの小垣江(ガッキー)がどんなネタでも結局爆発オチにつなげてしまう、コンセプトだけで見ればいわゆる1クール芸人というやつなのだが、爆発オチに至る道筋が無駄に緻密に計算しつくされてるせいでこれがまた、なかなか飽きないのだ。




241 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:24:24.14 ID:cVEKgP3fo
男「さぁ……道に迷えし聖なる乙女よ。うやうやしくフタを開け、その匂いに酔いしれるがいいっ!!」

 ほかほかの湯気です。熱湯三分、1ミリ秒の狂いもなく解き放たれたフタから放つ、それはそれは神々しいまでの湯気でございますとも。

月?「待望の地球食ですねっ」

男「まぁカップ麺しか無いからすまんが……ってすごい喜びようですね。地球食ですか。カップ麺如きに、あなた今更何を求めようとしているんですかね」

月?「当然っ、待ちかねてございましたので!」

 とりあえず、彼女に相対する際の結論としては、気が向いた時にてきとーにデンパで遊んでやる程度の態度を取る事にした。
 いちいち明らかな妄想を真に受けて一喜一憂すんのもバカらしいし、かと言って病院だの何だの言って、また泣かせちまうかもとか考えるとさすがに少し気が引ける。お役所仕事的な、現状維持のぬるま湯ってやつです。

月?「ほぁ、ほぁーっ! 水蒸気が、H2Oで視界がふめーりょう!」

男「うるせぇ、興奮してないでさっさと食え。伸びる」

月?「はーい」

男「ちなみに我が家のルールその2。麺は無言ですするべし。ちなみにその3は、ニンニクは入れますか? だ。ニンニクないけどな」
月?「……!」

 ネジが切れた人形みたいにこくこくと頷いている。素直なんだかアホの子なんだか。あぁ、どっちもか。
 というわけでいただきます。

 ……。
 …………うん、うまいな。やはりカップ麺はスタンダードに限る。

月?「あ。ところでー」

男「はいギルティ(有罪)!!」

月?「地球食なら既に食べましたところですね?」

 半信半疑でカップを覗き込んでみると……うわ、本当だ。

男「う……早いな」

 30秒も経ってねぇと思うんだが。いつの間にすすりきったんだこのヒト。残像すら見えなかったぞ。

月?「実に蒼き地球の味が身にしみて、それはもう大満足ですねっ」

 ……まぁ、どちらかと言えば白き化学調味料の味なんだけど。どうでもいいか。


242 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:25:17.70 ID:cVEKgP3fo
男「で、なんだ?」

月?「名前でしたね、名前」

男「……はぁ?」

 名前? 何だよそれ。

月?「ほら、あるじゃないですか。私ちゃんとそういうの分かりました、地球はずっと見てましたので、儀式的にはもちろん完璧を期すのでした」

男「ええと……つまり?」

 こいつはその、なんだ……名前を付けてもらいたがっている、と。
 何か心なしか、

月?「にゅふ、一大イベントですねこれ。星に名前を付ける地球人は数あれど、地球の衛星に真の名前を付けられるのはただひとりですからっ。幸運な上に光栄でしたね!!」

 いや違うな、はっきりとだ。なんか期待に満ちた目で俺を見ながら言っておりますが。

男「……別にそんなもんいらん」

月?「えーっ!?」

 そんな恥ずかしい茶番に付き合う神経はあいにく持ち合わせちゃいないんですよ、こっちとしては。
 えぇ、えぇ、衛星ごっこに付き合うのはギリギリOKとして、その上ラブコメ展開なんて勘弁なんですよ。背中のあたりがもにょもにょしてくるんだって。

男「もうお前、月でいいや。月だし」

月「えううう」

 命名フラグ折られて涙目ってか。ざまぁみろってんだ。

月「貴方はもっとそれっぽい名前付けるべきでしたね!! ルナとか深月とか、因幡のウサギがどうのこうのとか。そういうの、けっこうオススメでしたっ」

男「やだよそんなの、痛々しい」

 教えてくれ、コイツが仮に星だというのなら、その見るからに出所が偏った知識をドコから吸収したってんだ。

月「せっかく期待してたのにー……」

 相当に期待はずれだったらしいな。ため息ひとつ。
 まぁ、今の返答については、別に意地悪だけで言ってるわけじゃないんだけど、黙っておくことにする。
 子供の頃から『月』が好きで。その簡素な言葉の響きも気に入っていた俺にとっては、かなりまともな部類のネーミングなんだ、これで実際。まぁこれから先、口に出して言う気もないけど。


243 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:25:46.86 ID:cVEKgP3fo
男「いいじゃん、月。そのまんまで、めんどくさくねぇし……お前は月でありたいんだろ」

月「というか、揺るぎなく月ですが!」

男「はいはい宇宙宇宙」

月「……むうう、じゃああなたなんかGパンさんですねっ。重ねて言うなら今の私よりでっかいから、ええと、ええと……Gパンでっかさん!」

男「……それだけはやめてね。多分、お前が考えているのと違う意味で」

月「じゃあもう、あなた如き黒シャツさんでいいです……。黒シャツさんは見た目そのまんまで呼ばれる悲しみと虚無感を、私と共に味わうべきなのでした」

黒シャツ「……あぁ、じゃあそれでいいや」

月「えっ、まさか了承されるとは。……ダメージ、ゼロでした?」

 不思議そうな顔で見つめてくる。
 そりゃ幾らヒキコモリだからって、てめぇの本名ぐらいさすがに知ってるさ。でもな。

黒シャツ「ふん。呼び名なんて、大した問題じゃないんだよ」

月「むーん?」

黒シャツ「……そんなもんは、今更なんだ。だからお前が黒シャツでいいなら、俺は黒シャツで居るさ」

 そんな細かい事は、今更どうでもいい。俺は今、そういう閉鎖的な世界に生きてるって事。

月「ふーん……あ、この四角い謎のおにく、おいしいですが」

 と決めたのを完全スルーされたので少し腹がたった。どうやら猫舌らしく、スープの方はマッハで飲むわけにもいかないらしい。

月「ふぉおおお、この黄色いふわふわの存在感の薄さと言ったら!」

黒シャツ「……」

月「ああんっ。四角い謎のおにくだけカップ山盛りのお召し上がり、したいなぅー」

 非常に機嫌がよろしいようだ。なんか一人で勝手にくねくねしてるのでしばし放置する。
 ……さて、ここまでで彼女――自称・月について、ある程度分かった事。

月「~♪」

 ひとつ。重度の妄想癖、もしくは致命的な人格障害。つまりは電波女であること。
 ひとつ。なぜか、初対面から通して俺に懐き続けていること。そしてどうやらその、既に構築された妄想――『私が月である』という主張――はどうあっても揺るぎそうにない強固なものであるということ。
 その『設定』を護る為の理論武装が今のところ完璧で、たとえその場のアドリヴであれ矛盾なく言い逃れできるくらいに頭は回るヤツなのかもしれない、という可能性。
 この点についてはまだ確信を持てるものではないが……そうだな。アレが簡単に崩れないような完膚なき妄想ならば。コイツと演じる茶番も、まぁちょっとは面白くなるのかもしれないけど。

 ……少しつついてやるか。



244 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:26:13.60 ID:cVEKgP3fo
黒シャツ「……そういやさ、お前。俺のこと前から知ってたみたいだけど」

月「えぇ、ずっと見てましたからずっと知ってました」

黒シャツ「へぇ、ずいぶん眼がいいんだなお前さん」

 40万キロの彼方から俺を見ているとか、普通に考えれば現実離れしている。

月「むん? 別に、そんなに遠い距離じゃなかったですね?」

黒シャツ「あぁ、そうか。そういう設定にしてあるんだな、分かった。メモっとく」

月「黒シャツさんと私は、ずっと傍にいましたからー。にゅふふ」

黒シャツ「なるほど」

 とりあえず、こいつの言い分はそのまま受け止めることにする。

黒シャツ「よし、じゃあ次は目的だな。あいにくだが俺はお前と面識がない、お前にはあるんだろうが」

月「見てるはずなんですけどねぇ」

黒シャツ「よしんばそうでも、今のお前とあの月とじゃスケールが違いすぎる……いや、ンなもんは今更だ。わざわざ40万キロの彼方のなんでもねぇ一軒家、絶賛ヒキコモリ中の俺の所に来て、お前は何がしたいんだ?」

月「わたし、黒シャツさんと一緒にお外に出たいのでしたね」

黒シャツ「……なぜに」

月「まぁその、乙女には色々あるみたいで」

月「まあ、強いて言うなら。……黒シャツさんと『でぇと』というものをしてみたかったんですね」

黒シャツ「星の癖にやけに所帯染みてやがる」

月「それは恋です。いわく運命です。すべからくそれは『でぇと』でだっこーなのでした、にゅふふ」

黒シャツ「そこだよ、それって別に必ずしもお前が月である必要……あぁ、もういいや」

 ……意味のない設定はリアリティを増す、というやつね。手が込んでるというか隙が無いというか、手遅れというか。
 月の妄想構造は、ゲリラ軍のアジトを連想させた。地の利と機動力と迷彩と少しの偶然をすべて味方につけ、自己完結している柔らかい部分への攻撃をのらりくらりとかわすようにできているんだ。
 こうなると相手の陣地を侵す事よりも、むしろ相手の構造に興味を憶えてくる。


245 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:26:40.99 ID:cVEKgP3fo
黒シャツ「百歩譲って、お前が地球圏唯一の自然衛星だったとして。お前もっと神秘的な衣とかまとえよ。そういうきわどいコスプレとかやってさ、少しでも神秘っぽくなろうって頑張ってる人も居るんだぞ? この広い世の中には。……けどな、なんだよ普通にワンピースって! 結局し○むらなのか、し○むらは宇宙に轟く無難なチョイスなのか!? どいつもこいつも!」

 スカートの裾を引っ張ってタグを確認した。

月「ひゃうぅっ」

黒シャツ「ぽりえすてる70%、めん30%」

 当然、普通にタグがついていたね。裏側を見れば当然、洗濯する時の条件が書いてあるんだろう。色落ちしちゃうかもとか、アイロンの温度とかの記号と一緒に。

黒シャツ「うん。神秘的な衣どころか、完全に既製品だねこれ」

月「し、し○むらは万能ですねっ。……あ、えっと、そう、地球観測しているうちに結論したのですが」

黒シャツ「そうか。宇宙的コストパフォーマンスってやつか」

 俺までおかしくなってきそうな会話だ。とりあえず生ぬるい目で見つめることにする。

月「……私、神秘とかじゃないですが。星であり、かつリアリストだったりします」

黒シャツ「ははっ」

月「だいたい、神秘的な衣とかって夢見る乙女ちっくですね。そんなの有り得ない夢物語でした。残念ながら、残念な黒シャツさんにはもっと現実を見ていただくべきですが」

 逆にバカにされた。よりにもよって、コイツから上から目線されてしまった。

黒シャツ「……ははっ」

月「私こう見えて太陽系いちの地球まにあ、あちらのモノの再現とか趣味みたいなものでしたのでー。ニホンも好きです、テンプラ、スシ、サムライかっこいーです、にゅふ」

黒シャツ「ははははは」

 ……やだ。もう触りたくない。訳の分からん理由で見下されてココロ折れた。

黒シャツ「おやすみなさい」

 とりあえずこういう時フテ寝に走るのは、ヒキコモリ諸兄の皆さんなら分かっていただけると思います。黒シャツさんのココロはいわば、硝子の結晶なわけですよ。

月「うぁ。……黒シャツさん、怒っちゃいます?」

黒シャツ「俺には理解できない事が、たっくさん世の中にはあるんですよ」

月「はいっ。それはまさに宇宙の神秘なのでしたっ」

黒シャツ「ならば心の宇宙に回帰するべきじゃないかな、と僕は言った。そうね、と彼女は言った。確かに違いない。おやすみなさい」

 元々コイツのおかげで安眠を寸断されたってのもある、いったん横になったら眠気がだんだん抗えないものになってくる。

月「むーん……」


246 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:28:06.78 ID:cVEKgP3fo
黒シャツ「……」

 仰向けでは居心地が悪くなったので、月に背を向けるように寝返りを打った。

 多分俺の後ろでは、月が存分に顔を膨らませているんだろう。

月「外……ほんとに怖いのですね」

黒シャツ「……」

月「『でぇと』したいなって、そう言ったら。黒シャツさんはさりげなく話題を変えましたが」

 ……参ったな。見透かされてる。

月「私……黒シャツさんと居られれば、別にどこでもいいのでした。でも……できるなら二人で外とか出てみたいでしたが。それでも……やっぱり、黒シャツさんには無理な相談でしたか?」

黒シャツ「……」

 外に出る、ねぇ。
 できるならあまり考えたくない事だけども。

 ……。

/////////////////////////////////
A【……試しに出てみるか】
B【馬鹿、今更何を考えてるんだ】(「^ω^)「オイデオイデ!
/////////////////////////////////


247 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東)[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:29:32.05 ID:PmtPll9AO
難しいな


248 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:32:00.32 ID:cVEKgP3fo
//////////////////////////////
B【馬鹿、今更何を考えてるんだ】
//////////////////////////////

 ……馬鹿馬鹿しい、今更俺は何を考えているんだ。

黒シャツ「無茶言うなよ。これでも俺、色々がんばってんだぜ」

月「別に、時期は問わないです」

月「……私が居るうちに、もし気が向いたらなぁと願ってやみませんでした。そんな、乙女ゴコロですが」

黒シャツ「まぁ、期待しないで待っててくれ……おっと」

 ふと始まったバイブレーションに気づき、ポケットの中を探り、黒いボディの憎いアイツを取り出す。
 久しぶりに鳴ったので、びびって取り落としそうになったが何とか落とさずに済んだ。
 ……友人からの連絡だ。俺には友人はひとりしか居ないので、単に友人、という呼び方で見事に特定される。メモリの中身は常に1件、寂しい。

友人『よぉ、元気してるか?』

黒シャツ「元気だった。過去形なのは、お前のせいでテンション下がったから」

友人『久しぶりに連絡とってみりゃご挨拶だな、コイツ』

黒シャツ「昔から俺はこういうヤツだよ。知らなかったか?」

 ……なんか知った声聞くと安心するな。どうやら月と話した事で、少しは俺の心にも余裕がでてきているらしい。
 もしかしたら、このまま人恋しさに外に出れる日が来るのかもしれない、頭の中だけでもそう思える程度には。

月「黒シャツさん、黒シャツさん」

 と、シャツの裾を掴まれた。

黒シャツ「……あ、悪いな。久々に連れから連絡が来たもんでな」

月「そうなんでした? よくわからないでしたけど」

友人『おいおい、お前はヒッキーくんの癖して何おにゃのこ連れ込んじゃってんだよ。オレはアレですか、都合のいい時だけ利用されるご都合戦士都合マンに成り下がっちゃったわけですか』

 ちっ。電波越しに伝わっちまってたか、今の会話。

黒シャツ「うるせぇ。これでも色々あるんだよ」

友人『黒シャツさん黒シャツさん、だって。しかもオレ好みの素敵なロリボイス。よしお前もげろ、もげちまえ。その子は後腐れなくオレが嫁にもらってやる』

黒シャツ「ははは、黙りやがれこの腐れペド野郎」

月「……うー」


/////////////////////
SAN値が 6 上昇したです
フラグ 『外に出るのは無理だよ』も 成立したです
おめでとうございます
/////////////////////


249 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:33:02.31 ID:cVEKgP3fo
……。

 …………。

 通話は5分ほどで終わった。
 とりあえず生きてることが分かって安心したらしい。さんざん俺と月の事を冷やかした挙句一方的に通話終わらせやがって。大きなお世話だっての。そもそも俺と月はそういう関係とは最も遠い位置にいるんだって、全く。

黒シャツ「……ったく、大した用もねぇ癖にかけてくるんだよな。アイツは」

月「……」

 一方、月は膨らんでいた。写実的な表現が足りなかったな、ほっぺが膨らんでいた。

黒シャツ「……」

月「ぷしゅー」

 ……はい、鎮火。

黒シャツ「何が気に入らないんだ、お前?」

月「なんの話をしているのか、さっぱりでしたけど!」

黒シャツ「……妬いてる?」

月「違いますね、そんな幼稚な感情は私持っていませんでしたね! 私46億歳でしたので、チョー大人ですがっ」

 どうやら妬いてたらしい。

黒シャツ「……あぁ、もうめんどくせぇ。お前とりあえずアレだ、風呂入ってこい」

月「……おふろ」

 今、反応したな。
 ほう、地球の周囲を公転している方の割には不思議なリアクションですこと、風呂に反応するなんて。……ま、少しくらいのほころびには目をつむっててやりますか。

黒シャツ「向かいが風呂場になってる。水は出しっぱなしにしなけりゃ問題ないから。……ほら、さっさと行ってすっきりしてこい」

月「……なんか誤魔化されたような気がしましたが、ひとまず手のひらの上で操られてみることにしましたので」

 タオルを渡すと、顔ではぶーたれながらも少しそわそわした感じで風呂場に去っていった。
 全く、扱いが単純なのだけが救いだよな。

黒シャツ「……く、あぁ……」

 ……あー、眠い。
 今何時だろ。2時か?3時だっけ? 時計の針は微動だにしない。とっくの昔に電池切れだ。午前か午後かすらも知らんし、昼か夜かすらも分からん。
 分からんが、とりあえず眠いので少し休憩。
 これ重要。これができるのがヒキコモリのいいところってヤツ。素晴らしいね。
 俺みたいな立場のヤツに、時間の概念など今更必要ないのである。

 それでは、おやすみなさい。

//////////

Count16 "Luna" is over.

[SANITY]=26
[FLAG]=Oxxx

//////////


250 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]投稿日:2012/01/16(月) 23:33:51.07 ID:cVEKgP3fo
月「黒シャツさんっ、私は感動しましたっ!!」

//////////////////////

Count17

立待月

"Gravitation"

//////////////////////


黒シャツ「なんだよ、いきなり大声で……ぶっ」

 突然の大声にたたき起こされ、薄目を開けた瞬間には残っていた軽い眠気も消し飛んでいた。

黒シャツ「お前……なんて格好……」

月「むーん?」

 あろう事か、年頃の青年の前でバスタオル一枚で現れるなんて暴挙を平然とやりやがる。言葉通り、容赦ない起き攻めである。
 これだから電波系女子は困るんだ。

月「よく分かりませんが、とにかく……わたしは感動しましたのでした!」

黒シャツ「人の話を聞け」

 まぁ、まともに聞いてもらえるとは思っていなかったが、とりあえず礼儀として事の顛末を聞きただす。なにやら異常に興奮していたようだったが、つまりはこういうことらしい。
 風呂などという地球人の文化は知っていて、興味も多大に抱いていたものの、初めて体験するにその心地よさは筆舌に尽くし難いものだったと。はいはい。

月「水の持つ浮力は偉大ですね。宇宙にたゆたうのと同じ感覚を与えるどころか、あの暑苦しい太陽の束縛さえも振りきれるようなあの自由さ……はぁん、たまりませんっ。もう素晴らしいですね、ハラショーですね!」

 ……おおかた、先程俺が『風呂の存在を知ってる』という矛盾をついたのを受け、ここでいっちょ地球文化へのファーストコンタクトを装うことによりなんとか妄想設定の穴埋めを行おうという魂胆だろう。

黒シャツ「しらじらしい……じゃあお前、地球に引っ張られるのはいいのかよ。地球の重力の元にあるのは月的にはオッケーなのかよ」

月「私、地球おにーちゃん大好きですけど? だっこしたいなぅー」

黒シャツ「だっこ……」

 ……。
 月と地球が衝突するイメージしか浮かんでこない。ファーストインパクト説にここでつなげるのかよ、全く。


黒シャツ「お前、結構黒いよな。月と地球がだっこだの、放射能と核反応がどうこうだの、そんなネタばっかじゃん」

月「えーっ、どちらかといえば私は色白でしたけど。ほらこれ、見てください月の石。これが黒いなんて言わせませんけど!」

黒シャツ「だからドロップじゃねぇか! ドヤ顔やめろよめんどくさい!」

月「わーっ! 私の一部をゴミ箱に捨てないでーっ」

黒シャツ「……ったく。ほら、風呂上りなんだから水飲んどけ。天体だろうがなんだろうが、風呂入ったら水分が飛んじまうんだから」

月「お、おみずっ……!」

 いちもにもなく飛びつく。さっきまでの涙目はどこへやら。
 悪いな、本当ならここでフルーツ牛乳と行きたいところなんだが、生憎ウチにそんなぜいたく品はないのだよ。

月「んくっ、んくっ……んはあっ」

黒シャツ「……ただの水をそんなにウマそうに飲むヤツ、初めて見たよ」

 なんだか不憫に思えてくる。
 よくよく見れば、バスタオル越しのそれの形状も起伏に乏しい。不憫だ。



251 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:34:20.19 ID:cVEKgP3fo
月「――水には、ずっと憧れてましたので」

黒シャツ「ほう、そこから天体の話につなげるか。いいよ、多少位は興味あるぜ」

月「……どうせ私には、水も大気もありませんもん。ちんちくりんですし、その上ドライな女なのでした」

 水コンプレックス(?)だそうな。ついでに言うと身長(直径?)も気にしているらしい。

黒シャツ「はいはい宇宙宇宙。んなこと言っても今更だろ、太陽系衛星の中じゃデカい方じゃねぇかお前」

 なけなしの宇宙的知識で突っ込むと不満げな目線。
 ……が、俺の顔とてめぇの身体の間を往復している。

黒シャツ「いや。乳の話など誰もしていない、そんな途方にくれた目をするなよ。こっちまで残念な気持ちになるだろ」

月「その星には大きな山も大きな谷もありませんでしたとさ。平野ばかりでクレーターなんで……うわああん」

黒シャツ「落ち着け、さすがにえぐれてはいないからな」

月「エウロパさんはもっと水水しいし(原文ママ)、お乳も大きいしクールだし、うらやましいなぁとか前から思ってましたね!」

 ……ええと、エウロパって確か木星だか土星の衛星だっけか。どうやらコイツの中では擬人化すると素敵なお姉さんキャラになるらしい。

月「……ウランとかプルトニウムとかいーっぱい食べたら、おっきくなれるのかなぅ」

 てめぇの幻想で自爆して傷ついてれば世話ないんだが、また核反応だとか、そろそろ俺の手に負えない範疇まで達しそうだな。とりあえずフォローするか。

黒シャツ「でも、あれだろお前。身体が甘いんだろ?」

月「……あっ。うん、それだけは良かったところだと思いましたねっ。はむっ」

 一発で機嫌も持ち直したようだが。

月「あまーくて、おいーしい、つきーのいーしー♪(ころころ)」

 っていうか、あのハッカ飴が月自身だとすればこの絵面って共食い? タコが自分の足を食べちゃう的な? それとも第一種永久機関的な?
 ……あー。いかん、向こうの土俵に合わせてまともに相撲を取るとあっという間に精神汚染されてしまいそうになる。


252 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:34:47.40 ID:cVEKgP3fo
黒シャツ「つーかただのドロップですよね、それ。そこだけは何としても認めていただきたい」

月「ひどいですねっ。これ、『静かの海』原産の最高級品なんですが? 糖分とミントっぽいお味のバランスが黄金比で、ムーンセレクション最高金賞受賞の逸品ですねっ」

黒シャツ「なにその金さえ積めば獲れそうなうさんくさい賞。つーか審査員誰だよ、お前か」

月「……」

 黙った。心なしか冷や汗かいている。

月「ネタですけど。ムーンセレクションとかはネタですけど、寒いでしたっ。宇宙と同じく絶対零度ですがっ。うーっ、どーせ私は宇宙をたゆたうしがない衛星ですけど」

 お、半落ちしたぞコイツ。
 どうやらテンションが上がりだすと、出任せというか、安直なネタを口走りやすいっぽいみたいだな。……ま、いじめるのもこの辺にしとかないと不憫だ。

黒シャツ「……ところで、もう寝るわ。いくらなんでも動きすぎて、疲れた」

月「分かりましたね。地球人的な休息、この月も噂に聞き及ぶこと山のごとしでしたね」

 お、意外にも聞き分けがいいな。てっきりもうちょっと話すだのなんだの、ワガママ言うと思ってたんだが。……あぁ、いや。

黒シャツ「……」

月「ぴとー」

黒シャツ「もう一回言うが、寝るんだよね、俺。これから」

月「はい、ご存知の通りですけど」

 分かってると言う割に、余計にくっついてきている。

黒シャツ「……」

月「ぴとー」

 とてもじゃないが、一筋縄では行きそうになかった。



253 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:35:33.60 ID:cVEKgP3fo
《ベッド》

月「ばんゆーいんりょくー」

 とかフザケたことをのたまいながら、月が抱きついてくる。

黒シャツ「……負けた」

月「あれ? この場合、天体なので重力と言うべきでしたね?」

 そんなものはどっちでも良かった。

《回想》

月「やだっ」

黒シャツ「やだじゃねぇよ。お前はこっち、俺はソファ」

月「そんなの聞く耳持ちませんでしたっ」

 ダブルベッドを独占した上でこれ以上何を望むってんだ。
 ……実際のところ、こやつが俺と枕を共にしたいのぐらい態度から明白に分かってるんだが、だとしても当然拒否に決まってる。
 初対面の人間で、さらに――洗濯の必要による思わぬ副産物とはいえ――こんな無防備な格好もさせているようなヤツだぞ。頼むからてめぇが爆弾抱えてんのくらい理解しやがってください。

月「あーあーうーうー。電磁波と宇宙線だーだーもれもれで、黒シャツさんの残念な音波はジャムられまくり。あふれる気持ちが伝わらないもどかしさでしたーっ」

黒シャツ「……」

月「……」

月「……ひとりで寝るの、嫌でしたが」

 上目遣いで、懇願。雨に濡れた子犬的なアレ。
 ――あぁ、そうか。遅かれ早かれ、俺は落とされるのね。と思った。
 当然これでもダメなら、次は泣き落としだ。いささか卑怯な手段だが、泣かせるのも寝覚めが悪いとなれば。



254 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:38:27.92 ID:cVEKgP3fo
月「宇宙はとっても、やさしいのでした」 月and黒シャツ



月「再び、じゅうりょくー」

 ……はいはい、逆らえませんよね。こうなると何でもありだ。この場はコイツの独壇場だ、そろそろ貞操の心配もすべきかもしれないな、と思う。

黒シャツ「……ふっ」

月「あっ! バカにした目をしてましたね、所詮地球の15%程度の重力じゃないかと、ののしりさげすみ……さけずみ? ええと、バカにしましたねっ」

 とか言いながら意地になって全力で抱きついてくる。
 まぁなんつーか。起伏に乏しい地殻を持っているお陰で、いくら抱きつかれても余計な劣情を催さずに済んでるのは結構な事だ。僅かばかりの憐憫すら浮かんでくる。

黒シャツ「なぁ、月。どうしてそんなにくっつきたがる?」

月「うーん、ええと。だっこのわけですか? ならそれは、単純な帰結でした」

月「……人間が、こんなにあったかいだなんて、思わなかったんだもん」

 そう言って、月が目を細める。

月「……生まれて初めて、知ったんですね。46億年生きてきて、初めてこんな事を知ったんですね」

黒シャツ「……っ。嘘ばっか、つきやがって」

 ……正面からそんな事言われたら、照れちまうじゃねぇか。


255 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:39:13.28 ID:cVEKgP3fo
月「……ほんとはこんな薄っぺらい布なんか、いらんでした。互いの殻同士で熱を共有するのが、一番でしたが……そういう事言うと、たぶん黒シャツさんたたきました。そんな、そこはかとない私の予感ですね」

黒シャツ「あほたれ、当然だ」

 せめてTシャツの一枚ぐらい身につけてくれていないと、こっちの精神が色々ともたん。つーか、現状でもかなりきわどい。

月「だからね、だからね、私はせめて夜の間こうやって……薄膜を通した……だっこ……で……すぅ」

黒シャツ「……寝ちまった、か」

 こいつの正体がたとえ何であれ、まぁあれだけドタバタしてりゃあ疲れるだろうよ……。全く。

月「すぅ……んっ」

 彼女の手は力なく離れていき、そのままごろりと寝返りをうつ。暗闇に慣れ始めた目が、仰向けになった月の姿をとらえる。
 ……俺は何を考えているんだ、と生唾を飲んでから気づく。
 確かに彼女の衣服は全てクリーニング機に放り込んであり、確かに彼女は素肌の上にシャツ1枚しか羽織っていない、むしろ裸も同然の格好をしている。

月「すぅ……ふぅ……」

黒シャツ「……」

 月は、今は深く寝入り、規則正しい寝息を立て始めている。
 吸って、吐いて。吸って、吐いて。

月「ふぅ……すぅ……ふ……ん、んっ……」

 時折、のどにつっかえたようにくぐもった声が聞こえる。これは明らかに気のせいだが、今の俺にはまるで喘いでいるようにも感じられた。刹那、劣情が頭をよぎる。


黒シャツ「……」

////////////////////
A【……ごくり】 (^ω^ )
B【……馬鹿考えてんじゃねぇよ】
////////////////////


256 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:41:08.69 ID:cVEKgP3fo
////////////////////
A【……ごくり】
////////////////////

 生唾を飲み込んだ。

黒シャツ「……」

月「宇宙はとっても、やさしいのでした」2

 彼女の上にまたがり、薄膜を剥がすことを試みる。ボタンを外していくのに大した労力は必要なかった。

黒シャツ「……」

 俺とこの子の体格差が相当なものであることを再認識する。
 ワンピースとほとんど丈が変わらないワイシャツ。ベッドランプのほのかな光。しゅるりとしたシーツの感触。無防備な寝顔。

 シャツをはだけ、現れた彼女の白い肌を見渡す。
 傷ひとつすらない、滑らかな肌。まるで磨き上げたばかりのガラス細工みたいだ、と思う。なるほど、あの満月を丹念に研磨したらこんな感じになるのかもしれない。
完全球。
 この繊細なものを、床に叩きつけてしまえばどうなるのだろう。俺はその先を想像する。砕け散るガラスの球のイメージ。しばらく感じたことのない、支配感と背徳感を丹念に想像する。
 興味と好奇心が、想像によって衝動へ変わっていくのを感じた。それでも俺は想像を止めない。

月「んん……すぅ……」

 ごくり、と喉が鳴った。
 そして俺は、彼女の控えめな胸に手を伸ばし、

月「……ずっと会いたかった、よう」

黒シャツ「……っ」

 手を、伸ばして。

月「ちきゅうのひとに……やっと……あえたんだよー……にゅふふ」

黒シャツ「……くそっ」

 シャツのボタンを留め直し、ベッドから離れる。
 あまりに純粋すぎる言葉だった。
 眠っている時にまで根を張り続ける、幼く、つたない狂気。今のこの劣情を抱いた俺には、それは一種の神聖さすら感じさせた。
 くそ、最低だ。今までてめぇの都合で人と全く接触しなかったってのに、女が居ると見るや早速これだ。

黒シャツ「……」

 月のしなやかな髪に少しだけ触れ、部屋を立ち去る。
 久々にタバコでも吸おうかな、と思った。ほとんどストックも残ってないけど。



257 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:43:40.08 ID:cVEKgP3fo
/////////////////////////
月ちゃんの柔肌のせいで
SAN値が 4 下がったです
いけないんだ
/////////////////////////

 ……と。

黒シャツ「……ん? 何だ、これ」

 足元に転がっている、小さなポシェット。……確かこれ、最初に月が持ち込んできたものだよな。チャックが半開きになって、そこから何かが覗いている。

黒シャツ「……」

 液体の入った茶色い小瓶。確実に密封されるように特有の形状を持ったそれは、どうやらカートリッジ式になっているらしい。
 何のカートリッジって言わずもがな、きちんと使い捨て用の針も消毒液も用意されてますし。……あーあー、それに大量のカプセルとか錠剤とかもギッシリ。
 ……これどうみても、アレがアレでアレってやつですよね?

黒シャツ「あちゃあ」

 ちょっと生々しいモン見ちまった。
 先程のアレへの罪悪感が、更に倍増しになって心臓の辺りをちくちくやり始める。……今更だろうけど、とりあえず月に向かって土下座。

黒シャツ「すまんっ!」

月「くかー……」

 ……よし、許してもらったことだし寝よう。全力で寝て忘れよう、うん。


//////////

Count17 "Gravitation" is over.

[SANITY]=22
[FLAG]=Oxxx

//////////



258 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:44:10.45 ID:cVEKgP3fo
//////////////////

Count18

居待月

"Border"

//////////////////

 ……次の日。

月「地球人の居住空間って結局、どんなんでした?」

 アイロンを片付けているところに、月はまたもや面倒くさそうな事を口にした。

黒シャツ「……今更過ぎる」

 ため息をつく機会が、昨日から異常に多くなってきた。洗濯から上げたばかりのパリッとした衣服を身につけたのだから、もう少し爽やかで寝覚めのいい、妄想とは無縁の会話をたまにはしてほしいなと思う。

月「昨日は結局、どたばたし過ぎていたんですよね。つまり、今の私には探索が足りないのでした」

黒シャツ「あー、勝手に動きまわるんじゃねーよ……」

月「では手始めに、この部屋に隠された巨大な謎を暴いてみせますよ、はい」

 ……聞きゃあしねぇよ。普通の家の家宅捜索ならいざ知らず、とりわけ我が家の場合は引っ掻き回されると色々やっかいなんだ。


259 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:44:41.81 ID:cVEKgP3fo
月「ごーそっ、ごーそっ♪」

黒シャツ「まぁ、一応言及するけど。手始めにベッドの下を探すのはどういう了見で?」

月「地球のカノジョさんは家探しを始める前に、ベッドの下のえっちい本とか、机に並べて神様に捧げる儀式をするって。月はちゃーんと知ってますね」

黒シャツ「言いたいことは山ほどあるけど、カノジョって誰にとっての誰の事でしょう」

月「?」

 何を今更? という表情。いつの間にか月の中では既成事実化しているようだ。

黒シャツ「……はぁ」

 深遠なる宇宙を生き抜く上での最上の処世術は、諦めることだと悟る俺。

月「ぬ。雑誌がいっぱいありますねっ」

黒シャツ「あぁ、まぁ全部読み飽きちまったものだが」

月「おー、なんだかよく分からない黒い物体発見っ。ダークマター的なものですねっ、それともネコさん入ってるのでした?」

黒シャツ「そりゃ単なるフライトレコーダー、量子論もパラドックスも関係ありません。全く……部屋を荒らすんじゃないよ、あんまり」

月「えちいやつ、入ってるのですか?」

黒シャツ「違いますー」

月「にゅふふ、黒シャツさんは健全でいいことでしたねっ」

 純度100%の笑顔。
 ……ったく、ヘンなとこ探して荒らすんじゃねぇぞ。


260 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:45:40.45 ID:cVEKgP3fo
月「うわ、黒シャツばっかり干してあるーっ」

黒シャツ「あぁ、10枚はあるな」

月「ふぉおお」

 いつもの部屋の探索を一通り終え、『倉庫部屋』に探索の手を伸ばした月。『倉庫部屋』っていうと物置のイメージが強いが、俺の家の場合はちょっと違うんだこれが。
 何せ筋金入りの出不精だ。生活に必要な物資を補給する手段がない為に、必然的に備蓄を持つ必要が出てくる。これが10日分やそこらなら主婦の買出しみたいなチンケな量で済むんだが、無期限となると3LDKのうちの3部屋が倉庫になるのもしょうがない。ちなみにうち2部屋が食料品庫。
 んで、この部屋はまぁその他の物品――消耗品やらなんやらが詰め込まれてる部屋。どいつもこいつも飾り気のないコンテナやら段ボールやらに包装されてるあたり、『倉庫』って表現は的確なものだと思う。

黒シャツ「Tシャツなら段ボールにまだ100枚程ある。Gパンもおんなじようなのが何本もあるぞ」

月「他にないのですか? 着たり脱いだりするものは」

黒シャツ「ない。部屋着ならこれだけあれば充分だろ、何せ俺はヒキコモリだからな。今更洒落っ気なんかいらねぇよ」

月「外に出るための服がなかったのですね……」

黒シャツ「……ないんだよ。外に出る服は」

 月があまりに超寂しそうな顔をするので、俺も負けじとこの世の終わりがやって来たような感じの顔をする。

月「それでは、あのワイシャツの正体不明は何者ですか? それは、私に着せる用に用意されたのでした」

黒シャツ「違うっ!……正装だよ」

月「ふむー?」

 ……って、なんの正装だっつーの、俺だってわかんねーよ。

黒シャツ「いや、女の子が寝るときの正装だからこれ。実を言うとそういうシチュエイションに憧れていた時期が俺にもありました、これは俺の若かりし頃の話ですので今は関係ありません」

 ごまかしてみた。……ん?
 あれ、これってさっきコイツが主張してた『私に着せる用』説を思い切り肯定してね?

月「やはり合点がいったそうです。がってん3回」

黒シャツ「そうですか」

 泣きたくなった。


261 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:46:19.87 ID:cVEKgP3fo
月「それにしても、あまねくものがひしめき合う無秩序さですねー。それはもう、いあいあはすたーな感じなのでした」

黒シャツ「まぁ、これはなんつーか。仕送りだよ」

 もちろん3部屋分の物資の買出しは俺が行ったわけではない。こんな大量のブツ、ひとりで処理出来るか。

黒シャツ「引きこもり始めの頃、まとめて送ってきたんだっけかな。業者かなんかに頼んで。正直俺も、詳しいことは知らないんだが。……うーん、これが無くなるまでにはテメェでコンビニぐらい行ってこい、っつーことだよ。多分」

 とはいえ、メニューにさえ贅沢言わなければ、現状このまま外に出なくとも5~6年くらいは生きていけるだろう。

黒シャツ「……だが改めて見ると、まとめ買いにもほどがあるぞ。我が両親」

月「両親ですか」

黒シャツ「あぁ、俺両親いねぇのよ。宝くじで超1等の10億当てて、地球10周旅行してるんだ」

月「ふぉお、地球10周ということは……ええと、私から地球までの片道に相当ですねっ」

黒シャツ「超1等ってやべぇよな、マジパネェよな!」

月「超1等が2回当たれば、見事に往復できましたね!」

黒シャツ「万券風呂とか男のロマンだよな、やっぱりあのムーンストーンが効いたのな。パワースポットが霊的条件をエクスプロジョンだよな!」

月「ムーンストーン! それなら私も持ってましたね!」

黒シャツ「やっぱりそうか! うんうん、あれなら9800円24回払いでも納得だよな! 俺けっして騙されてなんかいねぇよな!」

月「はいっ♪」

黒シャツ「よぉし、いただきまーす!」

月「……★」

黒シャツ「……」

月「……♪」

 えぇ、薄々予想はできていましたとも。

黒シャツ「……ぺっ」

月「わーっ! 私の一部をおもむろに吐き捨てないでーっ」

 コイツの妙な雰囲気に乗せられてテンション上げすぎた。少し反省。



262 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:46:46.70 ID:cVEKgP3fo
黒シャツ「……まぁ、つまり経済的に不安は無いっつーことになんのかな。ネオヒッキーって言い方があるのかどうかは分かんねぇけど」

月「それゆえ、ずーっと中でも暮らしていけるのですね。不思議な事です」

黒シャツ「まぁな。考えてみりゃあ不思議なもんだろうな、こういうのも」

月「あとそれなら、おみずとか飲みほうだいですねっ。お金のお風呂どころか、おみずのお風呂にも入れますねっ」

黒シャツ「それは普通の風呂だ、おバカ。あ、でも我が家ではカネより水のが貴重なんだからな。それだけは覚えとけよ」

 カネなら腐るほどあるけど、水という資源は有限です。我が家のルールは基本的にエコロジーの概念に基づいて決定されているのであった。

月「シャワーとか、浴びたいですけど?」

黒シャツ「それぐらいはいいよ。節水を心がけてさえいてくれれば、文句はない」

月「じゃあ2時間に一回くらいで、泣く泣く妥協でした」

黒シャツ「ダメ」

月「むー。4時間に一回」

黒シャツ「まず一桁の数字を出してくる時点で却下だからな。うちの水道管は本当に弱いんだ、もやしなんだ」

月「もやしでしたか……」

 我が家の水道事情は、断水と常に隣合わせだという事を分かってほしい。金は無くてもどうにかなるが、水だけは無いと命に関わる。
 まぁ今更そんな事言っても、という話なんだが。

月「……あのぅ」

 と、おずおずと月が遠慮がちに。

月「わたし……黒シャツさんと一緒に入ってもいいですよ?」

黒シャツ「あー、それは問題発言だね。ダメ、ゼッタイ」

月「でも、そうすれば少ないお水で2倍の幸せですね?」

黒シャツ「ダメ。宇宙帰れ」

月「うわぁん!」

 ばたばたばた、と暴れだす。


263 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:47:40.19 ID:cVEKgP3fo
月「黒シャツさんのいくじなしっ。空に向かって黒シャツさんの悪行を宇宙に向けて捏造してやるべきでしたーっ」

 ばたばたばた。そうやって宇宙的不満とどす黒い不平を口にした月は……、


 おい。


 アイツ、何をばたばたさせてるんだ、さっきから?

黒シャツ「……あ」


 やばい、


 アイツいつの間にかカーテンの裾を持って、ばたばたと。


 まずい。


 外が。


////////////////////
A【そっと目を逸らす】
B【必死で止める】 (^ω^三^ω^)
////////////////////


264 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:50:21.23 ID:cVEKgP3fo
////////////////////
B【必死で止める】
////////////////////

 まずい、止めなきゃ――。

黒シャツ「やめろぉっ!!」

月「ひうぅっ」

 ……気づいたら身体が動いていた。手首をひっつかみ、カーテンの傍から遠ざける……というよりも、ほとんど引きずり倒していた。

黒シャツ「……」

月「い、たい……よう」

 はた、と気付いたときには少し遅かった。
 慌てて手を離すが、月はただうずくまっているだけで。
 背中越しにちらりと見えた彼女の左腕。華奢な腕には、力任せに掴んだせいで痣が浮かんでいた。
 何も言葉を発することができない、今更何て言えばいいのか分からないと駄考に陥り始める俺と、それを冷ややかに見つめる俺が同時に存在していて。
 要するに、下らない最低な俺が下衆な後悔をしているらしかった。

月「こ、こわいですが……黒シャツさん……」

 月が怯えている。
 よっぽど死んでしまおうかと考えたが、これも今更。どうせ考えるだけで実際に[ピーーー]もしない俺は、何も言う資格はないんだ。
 ――だから、最低な俺は最低なりに次に発するべき、体裁を取り繕うに値するその場しのぎの言葉をひねり出した。


////////////////////
黒シャツのSAN値が 6 下がったです
////////////////////


265 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:50:54.42 ID:cVEKgP3fo
黒シャツ「……ごめん。ちょっと俺がここから出ない理由、考えてもらえるかな」

 両手を彼女によく見えるように差し出す。ガタガタ震えていた。ダメだ――心では平気なふりをしていても身体が受け入れられないんだ。
外を。俺という殻の、外を。

月「……徹底、してますね」

黒シャツ「だって、外嫌いだもん」

月「黒シャツさん」

黒シャツ「……」

月「……ギルティ、かっこ有罪ですね」

 と、月はさっきまで伏せていた顔を上げる。努めていつもの顔でいようとしているのが伝わってくる。ちくりと痛みを感じた。

黒シャツ「……だったらどうするんだよ、処刑でもすんのか?」

月「しません。出るまで一緒に居られるです」

 月は、俺を見て微笑んだ。いつもの笑顔とは、また少し違った笑顔で。……これ、なんていうんだっけ、何か名前があった気がする。

月「……それも、幸せなことなのでした」

黒シャツ「一緒に引きこもりに付き合ってくれるって事か?」

月「です」

 あぁ、そうだ。アルカイック・スマイルって言うんだった。
 ギリシャの神々のそれに対して名付けられた、全てを見透かしたような笑顔。なんだ、そう考えたのなら何もおかしくなんかないや。
 ……だってこいつ、星なんだから。


266 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:51:21.02 ID:cVEKgP3fo
月「……黒シャツさん」

 声色に心配するようなトーンが混ざってきていた。

黒シャツ「修羅の道だぞ。引きこもりの道は」

 茶化すことで安心させてみようとするくらいには、少しだけ……ほんの少しだけ彼女に対して安寧を感じている自分が居たのかもしれない。

月「むーん? そうなんですか」

黒シャツ「具体的に言うと1年半くらい完全隔離施設で過ごしたり、自分の指先も見えないような暗い部屋で数週間放置されたり、あとプロ引きこもりになる為の専門的な講義を何百時間も聞いたりしないといかん」

月「ふおおおお」

黒シャツ「ちゃんと試験だってあるが、それはそれは狭き門なのだ。具体的に言うとサイレントマジョリティを考慮して、倍率は1万倍」

月「人間でそれやるのでしたら、きつそうなのですね。あ、ということは黒シャツさんも」

黒シャツ「やめてくれ、思い出したくもない!」

 話が俺のトラウマに飛躍しそうになったので、首を振りながら身悶える事にした。今でもあの時の事を思い出すと……クッ……封じられし第3の目が……。

黒シャツ「ち……力が暴走を……!」

月「んー?」

黒シャツ「え……っと。あー、その」

 現実に帰ってきました。おはようニッポン。今のはなかった事にしよう。ところで、月はなぜおでこを押さえているんだろう?

月「どうしておでこを押さえる必要性なのですか?」

黒シャツ「……俺が聞きたいくらいだ」



267 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:52:31.77 ID:cVEKgP3fo
月「質問に質問が返ってきて、さながら無限ループの様相でした。にゅふふ、それじゃあついでに質問コーナーにしちゃいます」

黒シャツ「いいけど。俺まともに答えないぞ?」

月「あとは若いものに任せましたー。私46億歳なので、黒シャツさんが一方的に答える義務ですね」

 にっこりと月は笑顔で返す。受け入れ準備万端といった風情。……まぁいいか、茶番なんてそれこそ今更だ。

月「ご趣味はいかほどですか?」

黒シャツ「原子力を、少々」

月「ふおおおお」

 目キラキラ。やはり、こういうのが期待する解答だったようで。このお見合いはつつがなく、ご縁が無かったという事にさせていただこう。安請け合いで結婚して、炉心溶融など起こされてはたまったものじゃない。

月「核ですかっ。チェレンコフで重水素な感じですか? すっごい、私と同じですっ。気が合いますねぇ!」

 どうやら先方は非常に乗り気らしいが。
 自分でもいつの間に入れたか分からない茶を飲み、ひとつため息を漏らす。どうやら火が入ったようなので後はお一人様で、お臨界していてもらおう。

月「核分裂と核融合を併用させたハイブリッド放射能だーだーもれもれ! すごい、大好きですねっ」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねたかと思えば、

月「むーん、やっぱり地球のおみやげにウランとかプルトニウムとか、テイクアウトできないんですかねぇ?」

 突然考えこむ仕草を見せたり。

月「イエローケーキ、こゆくておいしーですね!」

 これが普通の話題でのリアクションだったらどれだけ可愛らしかったことか。
 ……核の話をする時だけは、本気でやる気ビンビンになるんだよねこの人。あぁ、ちなみに良い子のみんなは絶対にイエローケーキを食べてはいけないぞ。黒シャツのお兄さんとのお約束。

月「ふおおお! 六フッ化ウランぐるぐる分離して、純度上げてみたいなぅー!」

黒シャツ「……それだけはやめとけ。色々な人に怒られそうだから」

//////////

Count18 "Border" is over.

[SANITY]=16
[FLAG]=Oxxx

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268 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:52:54.65 ID:cVEKgP3fo
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Count19

寝待月

"Float"

//////////////////

月「それにしても、ですが」

 ずるずる。

黒シャツ「んあ?」

 ずるずる、ごくり。

月「地球食おいしいですが。これは先に言っておきますね」

黒シャツ「うん」

 ずぞぞぞ。

月「でも、でした。地球には地球食以外にも地球食があった……地球食がありえる? んん?」

黒シャツ「よくわからんが、地球食って……とりあえずこのカップラーメンの事を言ってんのか?」

月「ご明瞭でした。ですので、地球に地球食以外の地球食はあったりなかったり……ある可能性とない可能性が共存してたり? で、共時性が保たれているのは、ええと……飽食の時代が到来ですか?」

 ごちそうさまでした、と。俺はきちんと手を合わせる派。

黒シャツ「あー、これ以上言うな。余計混乱する」

 どうやら月は、毎日カップ麺ばっかりで飽きないのか、と聞きたいらしい。


269 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:53:20.49 ID:cVEKgP3fo
黒シャツ「いや、飽きるよそりゃ。何年この味に慣れ親しんできたと思ってるんだ」

月「変革の時は、来たれりないのですか?」

黒シャツ「普通の地球人にこんな食生活はありえないんだが、あいにく俺は普通じゃないもんで。今更、他に選べるような選択肢なんてねーの」

 つーわけで、今現在俺の身体の80%はラーメンで出来ている。一切の誇張なしで。
 改めて考えると怖気が走るな……これ。

月「…………うわ」

 そしてこのドン引きの表情である。

黒シャツ「いきなり素っぽい返答しちゃあダメだよ!? 普段ほえほえしてる人だとさ、それって結構破壊力あるんだからね!? 引きつるの禁止ね、オッケー!?」

月「あ。……つい、でした。にゅふふ」

黒シャツ「はぁ……じゃあお前なんとかしてくれよ、我が家の台所事情」

月「んー? よくわかりませんが、お任せありますね、元帥ー」

黒シャツ「……期待できねぇ。ちなみに外に行けばいいじゃんという案は却下な」

 俺にとってコンビニへの道のりは遠すぎるし、かと言ってコイツみたいなのをおいそれと一人で放り出すわけにもいかないのだ。
 とはいえ、コイツをいつまでも家に置いておくってのも無理な話な訳で、考えてみればこいつぁ二律背反の……、

月「はいっ♪」

 ……。ころりん。
 本日の配給は5粒になります。いつものアレだった。

黒シャツ「だから月の石はいらねぇってんだよォ!」

 毎度のことだが拒否。そして一切の詳細描写を省略するエコロジーさ。こんな陳腐な展開にはあんまり容量割きたくないのです。
 とりあえずその場できりもみ回転をすることによって発生する遠心力を利用して、盛大にぶちまけておいた。とだけ言っておく。おしなべて言えば、ジャイアントスイングりました。

月「わーっ! 私の一部を四方八方にばらまかないでーっ」

 ……あぁ、絶対やるぞ。この女、テンドンの限界数を無視して、いつかまた同じことやるぞ。


270 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:53:50.51 ID:cVEKgP3fo
月「しくしく、しくしく。黒シャツさん、拾うの手伝ってくださいよ……」

 涙目の訴えに聞く耳は持たない。つーか、どんだけハッカが好きなんでしょーねこのお方。

月「……しょうがないですねぇ、そういうところもかっこいいのでしたが」

月「では、拾い終えたあんばいで」

黒シャツ「はい」

月「これを砕いてカップ麺にどばどば入れましょう」

黒シャツ「待て!」

月「月と地球の融合アートですが、わーい。夢のコラボ、実現でしたー」

 相性わっる。そして相性わっる。
 ゲンナリしている俺を尻目にゴキゲンなご様子で、ごりごりとすり鉢で飴をすり潰す某天体。ねぇいつの間に探してきたのそんな便利そうな道具。

月「できたーぅ。現代アートって現代アートだって言い張ってればオッケーですゆえお手軽ですね!」

黒シャツ「うん、その……まぁお前、食っとけ。俺は仕事に入るから」

月「そんなそんな、勿体ないですね。こんなに白い粉たっぷりで幸せそうなのに……幸せの白い粉すぎてあへぇってなっちゃいますが?」

 完成品を目にするまでもない、放置しよう。さよなら宇宙。
 多分こういうのに付き合ったら、その手のイベントCGとかが挿入されてきっとドタバタしたりするんだよ面倒くせぇ。言っておくが挿絵ってのは一朝一夕の軽い気持ちで描けるもんじゃねぇんだよ、リソースはいつだって有限なのだ。
 そう、俺の名は黒シャツ(仮)、あらゆるフラグを叩き折る鬼畜の男である。与えられたリソースを無駄なく使えるエコ男、と言い換えても構わない。



271 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:54:16.69 ID:cVEKgP3fo
 ……、……さて、と。
 机に向かい、コンソールに火を入れる。とりあえず今日も今日とて、あてどもない作業感満載でお届けします。

黒シャツ「さーて。始めますか」

月「にゃごーぅ!」

黒シャツ「……中断しますか」

 表面上のリアクションくらいは受け入れてやろうと思い、月に向き直る。もうなんか、9割方は義理で。

月「黒シャツさん黒シャツさん、黒シャツさぁんっ」

黒シャツ「あー、そういうのいいから。省略。ちゃんと全部食べたか、モッタイナイお化け出なかったか」

月「食べましたけど?」

黒シャツ「食ったのかよ」

月「非常にエキゾチックですが。バッチリ、あへぇってなりましたねっ」

 ……。
 これ以上このネタを引っ張りたくないので、やはり放置することにした。



272 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:54:44.62 ID:cVEKgP3fo
 機械の発する無機質な動作音と、鉛筆の滑る音だけが室内に響く。……あまり意識してなかったけど、この家ってかなり防音に優れてるよな。あまり外の雑音なんかが入ってこないし。
 やっぱり分譲は最強であった。親パワーにすがってぬくぬく生かしてもらっている俺、苦学生あたりにブッ殺されても文句言えないような事を考えながら、作業に没頭。

月「わーいっ」

 ひとりでボケ倒す事にようやく虚しさをおぼえてくれたらしい。月がベッドを陣取り、のぞきこんできた。

黒シャツ「……」

月「……じーろ、じーろ!」

黒シャツ「……」

月「じーろっ、じーろっ」

黒シャツ「……」

 目が合った。どうやら、構ってほしいらしい。

黒シャツ「お前、何を見てんの?」

月「何見てるか分かんないので、ゆえに見てますが」

黒シャツ「これはな、『仕事』だ。ヒキコモリという事であらぬ偏見も持たれているかもしれんが、一応こんなでも俺は仕事してんの」

月「仕事? 儲かりました?」

黒シャツ「……儲かるわけじゃない」

 言葉のとおりだった。仕事、とは言っているが、今は特に現金での報酬を得ているわけではない。
 詳しい事情の説明は省くが、人によってはボランティアと呼ぶこともあるかもしれないな、これ。

月「人間って対価を得て仕事をするものって思ってますけど……おっぱいおっきな人に挟まれて、お金のお風呂はいるでした?」

黒シャツ「はは、この仕事じゃあそれは無理だな」

月「じゃあおみずのお風呂入るです? 1時間に1回くらい」

黒シャツ「ダメ。24時間に1回まで」

月「かいしょーなし」

黒シャツ「それが普通です」

 ……まぁ、対価っつーか。この仕事と引換に今の悠々自適なインドア生活を手に入れてるのは間違いないんだけどな。多分。
 とはいえ、最近はこうやって机に向かうのもかなり億劫だ。ぶっちゃけやる気ゼロ、目的意識とかほとんどなし。
 つーか、何のためにこんな事やってんだろう? 今更だろ、こんなもん。
 ……今となっては、別にいつやめちまってもいいんだけどな。だがそうしたら路頭に迷っちまうのは他でもない、俺なわけだし。
 ま、これもそのうちだ。テキトーにカタをつける事にしよう。


273 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:55:12.46 ID:cVEKgP3fo
月「そういえば、黒シャツさん」

黒シャツ「ん?」

 丁度モチベーションも尽きてしまったところなので、月が話を振ってきたのをきっかけにファイルを片付けることにした。

月「聞き忘れてたのでしたけど。どうして引きこもってるのでしたっけ?」

黒シャツ「……」


 ヒキコモリを始めた理由、か。


 ……。


 ……なんでだっけ?


月「じーっ」

 月の顔つきがちょっとだけ不安そうに見えたのは、多分俺の気のせいだと思う。

黒シャツ「……黙秘、って事で」

月「このおしごと、とかいうやつのカンケーですか?」

黒シャツ「うーん。これも今となっちゃどっちでもいいのかな、今更だ」

 さっきまで俺が編纂していたファイルをぺらぺらと繰りながら、月は首を傾げている。

月「文字がいっぱい。地球人って、よくわかりません」

 お前も地球人の癖に何を言ってるんだか。

月「文字とかあるおかげで情報に振り回されすぎです。情報なんてなくっても、真実はすぐそばにあるのにね」

黒シャツ「どうせ理解できてないんだろ? ここにあることひとっつも」

月「はいそうです。全然わかりませんね、地球語難しきです」

黒シャツ「……そっか」



274 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:56:05.24 ID:cVEKgP3fo
 ……。
 会話のやりとりの間にぽっかりと穴が開く。
 沈黙の中で、俺はとりとめのない事を考える。月はそれを笑顔で見つめている。
 俺は、ええと、何を考えようとしているのだっけか。
 あぁ……そうそう、引きこもり始めたきっかけについてだ。さっき、月に対してはやり過ごすつもりで適当に答えておいたが、少し気になる。

疑問:
『ずっとヒキコモリで居たはずなのに、どうして俺はそのきっかけすら憶えていないのだろうか?』

 そして、この疑問を抱くことすらも、ひとりで居るときには全く無かったということ。
 ……どういう、ことだ。
 何かが足りない。そんな気がする。

月「黒シャツさん、黒シャツさん」

 呼ばれてみればまっすぐこちらを見つめたまま、目を細めている月。

月「……黒シャツさんは、優しいひとですよ」

 今までの話と全くつながりのないような事を言って、またにゅふふと無邪気に笑う。なぜか少し悲しくなる。
 俺は何の感傷に浸り始めているんだ?

黒シャツ「……風呂。入ってくるわ」

月「わ、打って変わって放置されつつあるこの状況。かまってくれないですか!」

黒シャツ「今更だろ、今まで俺はずっとお前みたいなへっぽこぴーなんてろくに相手していなかったはずなんだが」

月「へっぽこぴーひどいです。少しは仲良くなれたって思ってましたが」

月「ヒトと星ですが、心通わせることが出来たはずでしたけど……」

 そんな事を言いながら見つめてくる。曇りのない瞳。それはおそらく、鏡のようなもので。その虹彩に映った俺の姿が、もしかしたら醜く感じられたのかもしれないが。
 ……いや、そんな詩的で綺麗なもんじゃない。単なる自己嫌悪だ、こんなもの。

黒シャツ「……いってきます」

 さんざん人と関わるのを疎んできたツケが、今来ているのかもしれない。
 ……湯に流して忘れよう。そう思う。


275 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:57:02.32 ID:cVEKgP3fo
《風呂場》

黒シャツ「月……ね」

月『……黒シャツさんは、優しいひとですよ』

 優しい? そんなわけねぇよ。
 心の中で吐き捨てる。それでも彼女のその言葉が、甘ったるい声で紡がれたその言葉が、なぜか耳から離れない。支離滅裂な事ばかり言ってるはずなのに、どうみてもマトモなヤツじゃないはずなのに……刺さる。心の、間隙に。

 この前彼女を指して、ラノベかなんかのヒロインだとたとえた。初めのうちはそんなくだらない、と思ってヘラヘラしていたけれど。……今はあんまり、笑えない。
 つーかヒトの事言えねぇよ、俺だって現実的なヤツじゃない。なんだよ筋金入りのヒキコモリって、どこのラノベの設定だよ。

 現実とフィクションの境目の喪失。パズルのピースが合いそうで合わない感覚。夢中夢の無限ループ。筆者という見えざる手に操られているのだとしたら、という可能性。……そして、事情あって自室に引き篭っている愚かな青年。
 なんてな。どれもこれも、三文小説じみたキーワード。字面だけはいいが、実体なんてお粗末なもの。事情もクソもない、現に存在するのは俺はヒキコモリで外に出たくないという事実。そんだけだ、くっだらねぇ。
 現実味を感じないのは、単に自分が馬鹿だからなんだろう。馬鹿であることに疑いはない、馬鹿でもなきゃヒキコモリになんてなってないんだ。

 ――と、ここまでが妄想。

黒シャツ「……病んでるな、俺」

 わかりきった事を口にする。数年間独りで居続けたなら、誰だって少しくらい病むに決まってる。
 場合によっちゃあ狂ってしまうヤツだって居るだろうし。俺は現にそんな、孤独に蝕まれて正気のステージからしばらく離れてしまった人間を何人か知っている。あぁ。もしかしたら俺は病んでいるのではなく、むしろ狂っているのかもしれない。
 さんざん月の事をアレゲな子扱いしておいて、いざフタを開ければこっちが狂人でしたなんて皮肉すぎる……いやいや。
 だとしたら、アイツ。月すらも、俺の狂気が生み出した幻の産物だったり、なんて可能性だって。

黒シャツ「……ばーか、んなわけあるかよ」

 あまりのくだらない想像に、つい自嘲がこぼれる。
 多分、湯がぬるすぎるんだ。だから自我の境界が曖昧になる。温めて、思考にまともな軸を構築しよう。
 湯温を316Kに調節すれば、にわかに望みの湯加減まで達する。うちの風呂釜は最新鋭の原子炉とソーラレイがハイパワーでぎゅんぎゅんなので、20秒もあれば加熱は充分だったのだ。

月「うわ! あっつい! なにこの湯気!」

 ……湯気が満たされれば、俺の中に巣食う正体不明の感傷だって……。
 って。

黒シャツ「な、なななな……!」

月「宇宙はとっても、やさしいのでした」1


月「わーい。私もお風呂、ご一緒でしたっ」


276 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:57:29.04 ID:cVEKgP3fo
 この女は空気、空気を読んだり。

黒シャツ「お、おま、おまま」

月「にゅふふ。だって地球見てるとき、お風呂とかみんな裸で入ってましたよ?」

 まとったり、空気をまとったり。あ、違う、一糸まとわず、いや違う、そうじゃない。

 ……。
 改めて説明は要らないと思う。月が入ってきた。

月「地球フリークですから。私は郷にいっては郷に従え、とそう言いました」

黒シャツ「……お前、お前なぁっ」

 必死に目を逸らす。

月「んー?」

 目を逸らした方向に回り込んでくる。
 こいつはアレだ、人の話は目をよく見て聞きなさいとおばあちゃんに言われてすくすく育ったタイプのアレだ間違いない。

月「あれれ。どうして目つむっちゃうんですか、やましい事とかあったりしました?」

黒シャツ「お前、何しにきたんですか……」

月「仲いい人は、背中流したりするそうなんで。私も仲良くなりに背中流しに来ました、そしてついでに一緒のお風呂に入ります、お金じゃない方のお風呂。なぜならば、私は残念ですが平坦な地盤でしたので……。えぅー、それはそれは残念でした……」

 みていない、俺は何も見ていないぞ。

月「うー、人の話は目をよく見て話すこと。地球のおばあちゃん、言ってましたー」

黒シャツ「わ、わかった……わかったから少し自重してくれますか」



277 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/16(月) 23:59:00.66 ID:cVEKgP3fo
 おそるおそる目を開ける。
 よかった、湯気が絶妙に空気を読みまくってくれるから、ディフェンス力がすごく高いから色々フェイタルな事にならなくて済んでる……ありがたやありがたや! と、とりあえず彼女の目を見ることだけに集中しよう、うんそうしよう。

月「あと、ほんとはお風呂もっかい入りたかったでした。でもやっぱりひとりで入ろうとすると貴重な水がああ、って黒シャツさんたたいたりします……って、あれ」

月「どうしよう……」

黒シャツ「……はい、なんでしょうか……」

月「黒シャツさんが黒シャツ着てないですよっ。うわー、どうしよう。なんて呼んだらいいのかわからないよう!」

黒シャツ「あの……なんとでもお呼びください……」

月「じゃあ『黒シャツ着てないさん』にしますっ」

黒シャツ着てない「わーい(棒読み)」

 ……ダメだ、このままでは色々まずい。現状でもまずかったが、これ以上にまずくなる予感がひしひしと伝わってくる。これも相当にお約束かもしれないが、これ以上のぐだぐだ展開は好きじゃない。
 とりあえず、ある程度の覚悟を決めた方が良さそうだが……。

////////////////////////
. A【諦める】
ニアB【意地でも見ない】
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278 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:00:03.02 ID:csASOng9o
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B【意地でも見ない】
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B【意地でも見ない】
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黒シャツ「ぬんっ!」

 秘技――【視界断絶】――発動――。
 ――この瞬間、俺は今まさに、修羅となった。

月「わーわーっ、黒シャツ着てないさんがぎゅーって目をつぶってますね! 現実から目を背けましたね! ひどい、まるで私は見る価値なしの烙印ですがっ」

黒シャツ「俺には健全である義務があるのだ、いわゆるレーティング的な意味で!」

 ざば、と立ち上がり、腕を組んで仁王立ち。もちろん光の速さでタオルを巻くのも忘れない。

月「むーん、れーてぃんぐ?」

黒シャツ「18歳以下の方が困るんだよ、色々とな」

月「私、46億歳ですが?」

黒シャツ「そうだよね18歳以上ならどんなにアレな事になってもオッケーだよねこんちきしょう!」

 よし、どこからどうみても見えてない。
 これは悟りの境地を開くために瞑想するという、賢者の基本スキルなんだ。健全で結構! 健全じゃない展開になるのは非実在青少年だけで十分だと思う。

月「……ふーむ、地球の道徳難しきです……」

黒シャツ「――否、断じて否。」

黒シャツ「――これは道徳にあらず、常識なり。」

黒シャツ「――思うにやはり、我と汝はいわゆる進歩的な男女の仲と呼ぶには些か性急に過ぎるのではないか。と、問いを投げる。」

 うむ。そこにあるのが路傍の石とでも思えば、こんな幼稚な誘惑など恐るるに足らぬのだ。

黒シャツ「――ふむ。いかにも、必定なりと我曰く。」

黒シャツ「――この星の男女の理については、踏むべき段階があるのは存じているか。」

黒シャツ「――必定の知るを足れ。つまり喩えるならば、闇がなければ光もまた在りえぬ如くに。」

月「ふむふむー」

 つつー。

黒シャツ「あひゃい背中やめて」

月「わーい。だっこー」

黒シャツ「ぐぬぬう」

月「現実から目を背けた黒シャツきてないさんは、無防備なのでしたー。だっこまつり、前夜祭開催ー」

 たまらず目を開ける。

月「わーいっ」

 負けた。
 ……くそ。くそぉ!


279 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:01:35.57 ID:csASOng9o
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黒シャツのSAN値が 2 上がったです
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月「というわけで、さっそくおみずのお風呂に失礼するのでしたっ」

 ん?……おみず、だと?
 そういえば前にシャワー浴びせたとき、俺って湯沸かし器の設定教えてたっけ? あれプロ仕様だから、慣れないと起動すらできないしろものなんだけど。

黒シャツ「……」

 そんでコイツの場合、色々常識がない。とりあえずの評価である、電波女的な立場で考えてみるのならば、もしかして水風呂で入るのが当たり前、みたいに思ってたりしても……。
 いや、ねーよ。
 さすがにそんなブルーレイになったらいろんな所が解禁するっぽいイベントとかねーよ。

月「ふあぁぁ……!」

黒シャツ「……まさかの?」

月「きゅう。」

黒シャツ「うわぁ……」

 ……一瞬でのぼせやがった。マジかよ、これはなんていうタイトルのエロゲなんだろう。さっそく予約しよう。初回限定版と通常版、どっちも手に入れよう。アニメ化前提でステマをしよう。あぁ頭痛い。

 さて今現在、俺の目の前には生まれたまま、まるはだかの月が目の前に居るわけだが。つーか上から下から何もかもを直視してしまっているわけだが。
 あぁ、ダメだこれ。みじんもいやらしくない。

黒シャツ「助かった……のだろうか、これは」

 ……やれやれ。
 とりあえず部屋まで引きずっていく事にしよう。


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Count19 "Float" is over.

[SANITY]=18
[FLAG]=Oxxx

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280 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]投稿日:2012/01/17(火) 00:02:13.65 ID:csASOng9o
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Count20

更待月

Charon

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黒シャツ「……んでさぁ、湯あたり起こしちまってんのよそいつ。な、ありえねぇよな」

友人『死ね。さっさと既成事実作って俺の知らない所で達者に暮らせ、おめでとう、それじゃ』

黒シャツ「いやいや、待てよ。そんなんじゃねぇって……本当に転がり込んできただけなんだよ、マジで」

友人『はいはいそうかよ……で、どうすんのお前。まさか、このままずるずるリアル同棲とか?』

黒シャツ「まさか。折を見て帰してやるつもりだよ」

黒シャツ「……どこから来たのか分からんけど、そのうちそれもはっきりさせる」

 携帯を閉じる。自分から連絡を取ろうとするなんて何年ぶりの話だろうな。
 ま、アイツも変わってなくて何よりだ。……さてと。

黒シャツ「……ほら」

月「うーん……ひんやり……」

 額の濡れタオルを交換してやると、ふらふらと幽鬼のように起き上がった。ろくに身体も拭けないまま巻かせたので、バスタオルはすっかり濡れている。

月「ふらぁ……このまま永遠の眠りについたら、どんなに幸せな結末ですか……?」

黒シャツ「……とりあえず風邪ひくから着替えなさい」

月「あついおみずなんて反則なのですね……頭がぽーっとして……」

 と言いながらYシャツを手に取ったので、とりあえず後ろを向く。人前で着替える事を厭わない、そのフリーダムさは俺にとって厄介以外の何者でもない。
 一発で湯あたり起こすなんてどんな体質だよ、今までどうやって生活してきたんだよ不思議ちゃんめ。
 こういうのも全ては演技――という可能性も一時は考えたけど、もうそろそろその目もないよなぁ。コイツはコイツで、多分本気なんだ。自分が月である事も、たかだか40℃そこそこの湯に使った瞬間のぼせちまうって事も。
 妄想を信じきってしまってるのか、それとも(天文学的確率で)本当に本当の『モノホン』であるかは知らないが、彼女はこれでいて『嘘のひとつもついてない』らしい。詐病のセンはおそらく消えた。

 どうしような、この先。


281 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:03:13.50 ID:csASOng9o
黒シャツ「そうだ。Gパン1本使うか? 下着ばかりはどうにもなんねーけど、少しはマシだぞ」

月「いーです。どーせぶかぶかですぐ脱げちゃうんでめどいですし、このままでいーです。あと、もうはだかじゃないので、黒シャツさん安心です」

黒シャツ「……ったく。はい、水」

月「ジョッキでイッキでした。……ぷはー、いきかえりますね」

 とか言ってる間に彼女もすっかり復活したようで。

月「だれーん」

 とかゴロゴロし始めた。

黒シャツ「仮にも人様のベッドを。もう少し遠慮がちにくつろげよ」

月「黒シャツさんちは、私の第二の故郷ゆえ。くつろいだりできましたけど」

 ――じゃあ、第一の故郷は?
 こいつなら、平気な顔して「宇宙」とか答えそうだ。

黒シャツ「よし、じゃあ月。お前の昔ばなしでも聞くか」

月「ほえ」

黒シャツ「生まれてからの半生。お前にもあるだろ、子供のころどうしてたーだとか」

月「むーん」

黒シャツ「こうまで破綻した人格だと、かえって興味出てくるってもんだ。良かったら話してくれよ」

月「46億年前は、しょせん塵芥の集まりでしかありませんでした……」

 やっぱりそっちにもってくんだな。ある意味デンパ女としての意地なのかもしれない。


282 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:03:46.15 ID:csASOng9o
月「宇宙は壮大で深遠なめくるめくファンタジーがスペクタクルなのでしたね……」

黒シャツ「わかったわかった、とりあえず1円玉デコに貼り付けとけ」

月「んーっ」

 ぺちんと貼りつけ、しばらくは眉間に皺寄せて頑張ってたようだが、それもすぐに限界が来たようでやがて落としてしまう。

黒シャツ「得意の重力はどうした、ほらニュートン力学を根底から否定してみろよ」

月「わー、いつになく黒シャツさんがちくちくしてますがー」

黒シャツ「波動関数をバカにして学会から追放されたり、マイクロブラックホールを拡大してタイムマシン作る妄想とかしてみろよ、ほらほら」

 お、めずらしく困った顔してる。1円玉とにらめっこなんか始めてたりするし、どうやら一丁前に少し悔しがってるみたいだ。

月「うー……こ、こんなのに星の力を使うなんて、無駄です無駄」

黒シャツ「ほれみろ」

 俺の大勝利。鼻は高く天を目指して伸び続けようとしている。

月「……私は。どうせくっつくなら、黒シャツさんとくっつきたいですので」

黒シャツ「ぶっ」

 そうだよな、そうだよな。こういう何気ない言葉のひとつひとつに反応してしまう俺が、この手の素直なタイプに勝てるわけないよな、うん。

月「だっこ、したいと思うのはヘンな子でした……?」


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A【よせよ、ガキじゃあるまいし】 ←←←
B【……ヘン……じゃ、ないけど……】
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283 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:05:23.72 ID:csASOng9o
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B【……ヘン……じゃ、ないけど……】
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黒シャツ「……ヘン……じゃ、ないけど……あ」

 つい口をついて出てしまった言葉。
 その意味するだろうところに気づき、とっさに口に手をあてる。

月「?」

黒シャツ「……いや、なんでもない」

 取り繕うように、へらっと笑ってみた。
 いかんな……俺としたことが。正直ちょっとだけ、グッと来てしまった。

月「なんだか、いつも寂しそうに見えるんですよ。黒シャツさんの事。……だからこんなアルミニウムなんかよりも、黒シャツさんとくっついてたいと。私はそう思うんでした」

黒シャツ「……参ったな」

 そんな事ばっかり言ってると、俺だってなぁ……。

月「つまり、だっこーって感じなのですけど。やっぱりダメって言いますか」

黒シャツ「まぁいいけど。あんまり無茶苦茶にべたべたすんなよ、これで結構恥ずかしいんだから」

月「……はーい」

 と、少し控えめに腕を回してくる。

黒シャツ「……」

 悪い気は決してしないんだが、やっぱり恥ずかしい。


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黒シャツのSAN値が 4 上昇したです
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284 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:06:26.57 ID:csASOng9o
間違えた!!!!!!


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A【よせよ、ガキじゃあるまいし】 SAN+4
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黒シャツ「……よせよ。ガキじゃあるまいし、恥ずかしい」

 全くだ、言葉にしてみて改めてそう思う。俺なんかには一生口にできないような恥ずかしいセリフを、目の前のコイツは本当に臆面も無く言ってのける。

月「……くっつきたいんですが」

黒シャツ「いやだね」

 だから、俺まで恥ずかしくなるのは当たり前だろう?

月「だっこだっこー」

黒シャツ「でも断る」

月「がぅー、だっこー」

黒シャツ「だからいい加減に、」

月「問答無用な感じで!」

黒シャツ「……」

 小学生並みの積極性だと言われてしまえばそれまでだし、まぁその、経験がないからこんなのでもドキドキものなわけで。

月「我慢させた黒シャツさんがいけないんですよね、これ。私悪くないです、はい」

 あぁ、俺は何を迷っていたんだろうな。

 どっち選んでもこうなったんだろうに……全く。



285 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:07:06.29 ID:csASOng9o
月「……黒シャツさんは、誰かに似てたような気がしました。はるか昔に私が知ってたはずの、誰かですが」

黒シャツ「……知ってた、はず?」

月「はい。はるか昔なので、ど忘れしているのでした」

 よく分からないが……妙に人間らしい言葉だ。
 こいつにだって親くらい居るんだろうし、知り合いだってもしかしたら、かつて居たのかもしれない。自分を天体と思い込むなんて、どうみても狂気の沙汰だけど。でも、彼女は人間以外の何者でもない。そして、俺はそんなヤツを家にかくまっているという形になる。
 見た目どう見たって年下、こうやって抱き合ってる事自体倫理的に問題があるような気がする。未成年略取で礼状のひとつも取られたなら、言い逃れは出来ない。さて、ならばどうするべきかって事だが。

月「んぅ……」

 俺は力なく笑って月の頭をなでる。
 諦めよう。
 欠けているんだ。彼女はもちろん、俺にだって。
 多分こんな風にひきこもっている事自体、人として何かが足りていない証拠なんだ。
 だから互いにこうやって少しだけくっつくことで、足りないものがなんなのか、足りない場所がどこなのか。宇宙空間におけるダークマターの存在に理由づけをするような感じで、俺達は探っているんだと思う。

 ふと、固く閉ざされたカーテンが目に入った。100%外からの光を通さない、今の俺にとって何よりも厚い壁。シュレーディンガーの猫にとっての、絶望の境界面。
 こうやって少しだけくっつくことで、足りないものが少しでも満たされたとするならば。もしかしたら、今ならばあのカーテンの向こうに踏み出す覚悟もできるのかもしれない。
 ……試しにこのカーテンを取り払い、外に出てみようか?


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A【出てみたい】
B【いや、やっぱり無理だ】 ←←←
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286 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:09:25.21 ID:csASOng9o
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B【いや、やっぱり無理だ】
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 ……あぁ、これこそが愚考なんだ。月と出会ったところで、俺の中にある根本的な何かが変わったわけではない。
 自身の内にあるぽっかりと空いた穴は依然として残っている。彼女のお陰で、その穴が認識できるようになったのは確かだけれど。
 しかし、なぜ俺はカーテンの向こう側にこだわっているのだろう。外の世界に、今更何を求めているんだ? あの向こうには何も無いぞ。何の変哲もない世界があるだけだってのに。
 少し考えて、気づく。

月「……♪」

 俺のすぐ傍、気持ちよさそうにこちらに擦り寄ってくる馴れ馴れしい、でもちょっと不思議な感じのする少女。多分、その存在が俺にこだわるべき『何か』を与えてくれているんだ。
 だからこそこうやって、外の世界に向きあおうとできているに違いない。
 ……彼女は俺を、外に導いてくれるんだろうか?
 ――独りでは怖い。けれど、二人で一緒に出られるのならば――。


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黒シャツのSAN値が 10 上昇したです
黒シャツの中に『二人で一緒に外に出たい』と言う想いが生まれたです
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287 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:09:51.61 ID:csASOng9o
黒シャツ「……なぁ。外でデート、したいか?」

 長い時間を置いて、俺は月にそう問いかける。

月「うん、デートしたいですけど。そして、たくさんだっこしてほしいでしたっ」

 間髪入れず即答。……裏表の気配すら感じられない、掛け値なしの真っ直ぐな思い。
 そんなの、俺なんかに向けなくてもいいのに。勿体ねぇよ。
 ……でも、ありがたい。

黒シャツ「ごめんな、俺はまだ外に出ることができないんだ。理由は……まだ、はっきりとしないんだけど」

月「……怖いんですか?」

黒シャツ「違う。多分寂しいからだ」

月「さみしい、ですか」

黒シャツ「……うまく言えないんだけど、な」

 今更心を入れ替えて外に出たところで、俺がおひとり様である事に変わりはない。
 確かにあの友人は今でも相手になってくれるし、基本的に気さくなヤツだ。だが電話越しだから安心出来るのであって、実際に顔を合わせてみるのとはまた別の話。
 例えば外に出て、あの友人といざ顔を合わせたとしたら、俺は尻込みしてしまうに違いないのだ。彼の居る場所――日なたは、俺には少しまぶしすぎる。
 ひとりで居ることよりも、ひとりで居ることを実感してしまう事の方がつらいんだ。だから俺は人を避ける。
 比較しうるべき他者さえ置かなければ、寂しさを感じなくて済む。だから比較対象のいないこの閉ざされた空間で、半分だけ生き、半分だけ死んで。そうやって寂しさ、怖さを麻痺させていた。考える事さえも忘れさせていた。
 だが、今ここには比較すべき他者――月がいる。否応なしにその事実は俺に『外』を予感させていた。当然、怖いし寂しい。
 でもなぜだろうか。そんなに悪い気も起こらない。



288 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:10:17.71 ID:csASOng9o
月「……あ、そうだ」

 月が口を開く。

月「思い出しました。黒シャツさんが似てるひとの事」

黒シャツ「……あぁ、そのこと」

月「黒シャツさんは……地球人がいうところの、冥王星なんです」

黒シャツ「冥王星ね」

 いい加減、彼女の口から星の話題が漏れるのにも慣れ始めていた。むしろ普通の、常識的で正常な話をする月など想像できなくなってしまっている。

黒シャツ「でも、アイツ仲間はずれにされたじゃん。ついこないだ」

月「はい。惑星でさえなくなっちゃった、星なんですね。太陽系からつまはじきにされちゃったーって、冥王星さん寂しがりだからちょっと嘆いていたんじゃないかなぁと思いましたが」

黒シャツ「あいつ寂しがりだったのか。……大変だな、あんな遠くに居るってのに」

月「はい、ちょっとかわいそうな星です。でも……」

 彼女はそう言って、俺の肩に顎を乗せる。ぎゅっと、少しだけ抱きしめる力が強くなる。

月「ほんとは彼、ひとりぼっちじゃないのです。だから、あんまり寂しくなかったんじゃないかなって。それこそ、いつも二人一緒だったんです。わたしは知ってました、シャーロンって子がいたの」

 ……シャーロン。

月「地球の人は彼女にそんな、人間みたいな名前をつけました。今よりちょっとだけ昔の、おはなしです」

黒シャツ「カロン、か」

月「……はい」

 彼女の言葉にあてはまる星の名前と言えば、これひとつしかない。
 カロン。冥王星の持つ唯一のまともな衛星にして、衛星と呼ぶには主星に比べて大きすぎる星。

黒シャツ「……双子星か。結局さ、どっちが衛星でどっちが惑星だったのかな」

月「多分、そんなのは星にとってはどっちでもよかったんですよ」

 月の身体が、離れていく。


289 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:10:52.01 ID:csASOng9o
月「寒い寒い、太陽の光もほとんど届かない場所だったけど。わたしは思うんです」

 離れても、彼女の熱は少しだけ俺の中に残る。

月「すぐ近くに、シャーロンが居たから。だから……冥王星は寒くなかったんじゃないかなあって」

 そして彼女はいつものように無重力で電波的な物言いをしながら、俺の周りをくるりと一周し。

月「……黒シャツさんも、おんなじですよ」

 最後に、無邪気に笑った。

月「私がずっとずうっとそばに居るから。ちーっとも寂しくなんてないんですね」

黒シャツ「……デタラメばっか言いやがって」

月「にゅふふ、やっぱダメですか。残念だなあ」

 全然残念そうじゃない彼女に布団を押し付けてさっさと寝ろと促し、俺は机に向かい始める。仕事の続きに取り掛からなくちゃいけない。特に今日は集中して進めよう。
 ……これ以上話していると、彼女の事を好きになってしまいそうだったから。


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Count20 "Charon" is over.

[SANITY]=32
[FLAG]=OOxx

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290 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:11:18.97 ID:csASOng9o
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Count23

弓張月(下弦)

Drops

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黒シャツ「だーから、無茶言うなっつーの」

友人『まぁ、無理にとは言わねぇけどさ。……気が向いたら、また電話くれよ』

黒シャツ「ねぇと思うけどな」

 ……ったく。天下無敵のヒキコモリを相手に同窓会の誘いって、アイツは何を考えてるんだ。

月「また、お電話ですか?」

黒シャツ「あぁ。俺みたいなヤツにとっちゃ、ある意味悪魔のコールだよ」

 大体、こんな完全に世捨て人みたいなのが同窓会にひょっこり現れてみろ。学歴社会の負け犬がそれ相応のオーラをまとって現れるんだぞ、やっほー久しぶりとか言って。
 他の連中がスーツとか着てるのに、女子なんて化粧フルカスタムで決めてきてるのに、俺ひとりだけ自宅警備保障の制式装備、みたいな。

黒シャツ『よう、相変わらずだなみんな。俺? ははっ、自分探しの旅の途中』

黒シャツ『これ終わったらゲーセン行かね、ゲーセン!? 稀代の賢者と言われた俺の実力見せてやっから……あぁ、うん……悪い、どうでもいいよなそんなの』

黒シャツ『あ……すいません……。お水のおかわり……ください……』

 ……拷問だろ。
 つーかそもそも、外に出る服がない。黒TシャツとGパンだけって何だよダセェ、パンツ一丁のがいくらかマシだって。
 まぁ、電話をよこしてくれる事それ自体は、ありがたいんだけどな。

月「電話は、嫌でしたか?」

黒シャツ「……そんなんじゃないけど」


291 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:11:45.63 ID:csASOng9o
黒シャツ「心配してくれるヤツがいるだけ、ありがたいって思ってる。……逆に、申し訳ないくらいかも」

月「むーん」

黒シャツ「何だよ、その顔」

 気づけば、渋い顔で見られていた。

月「心配してるのが誰かは分かりませんでしたが。……それでも、外には出ないんですね?」

黒シャツ「まぁその……な。まだ、時間がほしいんだ」

月「明日からがんばりますが?」

 机の上に視線を移す。途中かけで放っておいた仕事が、うず高く積まれていた。電話のせいで遅れが出ちまった。続きにとりかかろう。

黒シャツ「とりあえずその前に、仕事を終わらせないとな」

月「仕事とお外、無関係にも思えました」

黒シャツ「……なんつったらいいのかな」

 うまく言えないんだけど、と前置いておく。

黒シャツ「これ、終わらせないと。何か許されていないような気がするんだ」

 なんの為に始めた仕事なのかも、これが何の役に立つのかも俺にはいまいちよく分からない。これは俺にとっていわば、賽の河原で石を積むような行為。

黒シャツ「……多分、気のせいなんだろうけど」

月「そうですよ、気のせいですねっ。いつも通りの、黒シャツさんの妄想劇場なんでしたー」

 しんみりし始めたところで茶化されれば、テンションも元に戻る。

月「あえええ」

黒シャツ「どっちが妄想持ちだっての」

月「ほ、ほっぺが伸びたら、大惨事ですけどっ」

 まぁ、確かにシリアスになりすぎると心に毒だ。そういう意味では、月の存在は少しだけありがたかったりする。
 ……いや、それにしても月のヤツ。居候の癖にとは言いたくないが、思い切りくつろぎまくってるな。
 ごろごろと床に寝転がりながら、何かの雑誌のページをぺらぺらめくっては、にゅふにゅふ笑っている。


292 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:12:12.10 ID:csASOng9o
黒シャツ「つーか、お前何してんの」

 聞けば、間髪入れずに、

月「地球研究です。それはそれは真面目な目的なのですっ」

 とキリッとした顔で、倉庫から勝手に持ち出してきたであろう雑誌を掲げてみせる。こたつむしになって雑誌を読み散らかすのが研究になるのなら、そんな研究所に是非俺も雇っていただきたい。

月「おー」

 ページをひとつめくっては感嘆の声を上げている月。すごく熱心に研究をされているらしく、記事写真のひとつ、批評の一文字すら読み飛ばさずに目を通しているようだ。

月「すごーい」

 ……って、お前それ出会い系の広告ページだろ。

黒シャツ「ったく……」

月「ほぁー。黒シャツさん黒シャツさん!」

黒シャツ「はいはい」

 鉛筆を削りながら答える。

月「なんかですね、新しいげーむ? が出るそうですよー」

黒シャツ「あー、うん」

月「ハイブリッドでCGの立体化が、高性能とCPUでぐいんぐいんみたいです。廃人ですねっ」

 振り返れば、記事の一つを指さして何やら興奮気味に解説をしはじめていた。

黒シャツ「あぁ。それならとっくに発売して盛大にコケてたぞ。CGが綺麗なのはいいけど、話が一本道すぎるってさ」

月「ええっ。そうなんですか! うう、情報弱者が露呈でした……」

黒シャツ「つーかそれ、何年前の雑誌だ。俺が引きこもる前だから、相当昔だぞ?」

月「にゅふふ、どうりでよれよれだったわけです。ぽいぽーいっ」

黒シャツ「こら、俺の一部を乱暴に扱うな!」

 もう読まないとはいえ、あんまり散らかされたらきれい好きの俺としては困るんだって。

月「うー。雑誌でたたくのも、乱暴ですがっ」

黒シャツ「持ち主だからいいの」

 雑誌の表紙に目を通してみる。月の言うとおり、湿気やらなんやらでよれよれになっちまってる。

黒シャツ「……情報弱者か。俺も完全に、そっちの仲間入りだよな」

 漫画雑誌の一冊も満足買いに行けない、ってのもつまんねぇよな。あの休載ばっかりしてる漫画、今頃完結してんのかな。
 知りようもない、か。

黒シャツ「そうして世界はまたひとつ、俺を置き去りにするのでした」

 ……今更、だな。


293 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:12:42.46 ID:csASOng9o
月「外に出ればいいと思いますが?」

黒シャツ「いーの。俺は布団が友達なんだから」

月「……」

黒シャツ「……なんだよ」

 ふくらんでやがる。まんまるほっぺの満月ちゃん。

月「……」

 ……?

黒シャツ「……どこかの天体のおかげで、退屈もまぎれるわけだしなーかっこ棒読み」

月「~♪」

 どうやら正解だったらしい。

黒シャツ「……まぁいいや。テレビでも見よう」

 ほくほくしている月を軽くスルーして、リモコンに手をかける。

黒シャツ「みかんも食おう、そうしよう」

 と、取り出したのはみかん……の缶詰。シロップ漬けの、ケーキとかに使うアレだ。

月「ふぇ、ふぇえ!? ここに存在するのは地球食だけじゃなかったんですね。よいのですか!」

黒シャツ「余計なお世話だ。申し訳程度には、缶詰もレトルトも用意してるんだ」

 ……実はもう、ほとんど残ってないんだけどな。俺ひとりだったら意地でも開けないところだったが、まぁ今回は月も居るし特別ってことで。

月「非常においしいものでした」

黒シャツ「もう食べたの。早いな」

 もう汁しか残ってないし。モッタイナイの美しき精神は、どうやら宇宙には皆無だったらしい。

黒シャツ「……もういいや。お前、もう、なんか、残り汁とか飲んでろ。そして糖尿病になれ」

月「あまーいっ」

 ……既に飲んでるし。



294 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:13:09.99 ID:csASOng9o
 手持ち無沙汰に、何となくテレビのスイッチを入れてみる。

黒シャツ「……お、オボンギャルド」

 いつも通りの、お笑いのネタ見せ番組だ。

『……そんで、校長先生が殴り込んでくるわけですよ。ホウキ片手に』
『地獄の用務員って校長だったの!?』
(ハハハハハ)
『まぁその後、なんやかんやあって最終的にはまぁその……学校ごとドカーン』
『爆破したー! 結局爆破したー!』
(ハハハハハ)

黒シャツ「……ぶふっ」

 さすがは小垣江(ガッキー)。どこからでも爆発オチにつなげてみせるな。

月「??」

 ……と、ここで月の視線に気づく。早くもシロップまで飲み干してしまったらしい。

黒シャツ「いやな、毎週これだけは見忘れないようにしてんだよ。……とりあえずオボンは鉄板だからな、これだけは譲れない」

月「……」



月「よく、わかりませんが?」


295 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:13:42.16 ID:csASOng9o
黒シャツ「ステテコカンパニーとかもな、あれでいてネタ作りの方向性がさぁ」


月「誰ですか、それ」




 ……えっと。

 いけない、つい熱が入ってしまった。
 こっちの趣味に無理に付き合わせることもねぇよな。


黒シャツ「まぁ、その……悪い。テレビに興味なし、と」

月「よくわかりませんが。これには電波がないですもん、ダメでしたよ?」

黒シャツ「あぁ……はは。お前のデンパに比べればな、なんて」




月「私、月です。電波とか、もう飛んでないです」



 ……あれ。
 どうしてだろう?
 何だか妙に……腹が立つ。


296 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:14:08.84 ID:csASOng9o
黒シャツ「そうだった、そうだった。お前は確かに地球唯一の衛星だったよな、うん、うっかりしてた」

月「……黒シャツさんは。そういうの、もう辞めた方がいいと思います」

 そう言って真っ直ぐ見つめてくる。ちょっと待てよ、この流れは真面目に語る流れじゃねぇだろ。
 ……あぁ、クソ。頭をかきむしる。

黒シャツ「うるせぇな、興味ねぇなら黙ってろよ。お前にお笑いの何が分かる」

月「……」

黒シャツ「なんとか言えよ」

月「……まだ、早かったみたい……でした。残念な事ですけど」

 苛立ちをぶつけるように先を促すと、さらに意味の分からない事を口走った。
 舌打ち。
 ……何が早いってんだ、残念って何だよ?

月「……ごめんなさい」

黒シャツ「だから、何が悪くて謝ってんだ。おい、質問に答えろよ」

月「ううん、何でもないでした。にゅふ……」

黒シャツ「おい」

月「えと、えと……ちょっと調子でないので、先におみずのお風呂、いってきますね」

 そう言って、足早に部屋を出て行く。取り残される俺。訳が分からない。
 なんなんだよ……アイツ。


///////////////////////////////
A【……ふざけやがって……!】 ←←←
B【くそ、一体どうなってんだ……?】
///////////////////////////////


297 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:14:59.02 ID:csASOng9o
////////////////////////////////
A【……ふざけやがって……!】
////////////////////////////////

黒シャツ「あー。なんなんだろうなぁ」

 ……ふざけやがって。

黒シャツ「俺、どうしてこんなにムカついてんだ?」

 ……ふざけやがって!!

黒シャツ「なんだろ、ほんと分かんねぇ」

 クソが。クソッタレが。

黒シャツ「壁を蹴る」

 思い切り蹴りつけた。
 ……痛い。

黒シャツ「机を投げつける」

 ついでに目の前にあるものは全部投げつけておいた。
 ……痛いよ。

黒シャツ「派手な音が鳴った」

 あるべき位置にあるべきものがない、という事がとても愉快だった。
 頭が、痛い。

黒シャツ「なぜか、異様に俺はむかついている」

 このまま、何もかもをぶち壊してしまいたくなった。
 頭を抱えて、うずくまる。

黒シャツ「俺の根源を否定されたような気がして」

 潰れたトマト。あるいは、ぶちまけられたペンキ。
 ……気が、狂いそうだった。

黒シャツ「くふ……くふ……」


298 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:17:24.41 ID:csASOng9o
 意識下に、一定の領域を作ってみた。ここでならば、俺は自由に動くことができる。
 試しに、月の髪の毛をつかみ、引きずり倒す事を想像してみる。何が起こったのか分からないような表情で、彼女は俺を見つめていた。
 次いで、力ずくで押し倒すことを想像してみる。ここで初めて、彼女は何が起ころうとしているかに気づくのだ。だが遅い。
 脳内で彼女の衣服を乱暴に引きちぎってみた。震えながら嫌がる月の無様な姿は、今の俺に対しては至上の興奮を与えてくれた。
 厚紙を何枚か束ねて、無理やり破ったときのようなくぐもった音が反響して聞こえる。狂気と隣合わせの少女、無垢なたたずまい、笑顔。それら全部に笑って泥を塗りたくることを想像してみる。心地いい悲鳴の幻覚が、鼓膜を叩く。親を亡くした少女の目の前で、笑いながらバースデーの歌を歌ってやった時の快感が身体中を駆け巡る。

黒シャツ「」

 歪んだ笑みが漏れるけれど、それでも俺の中に突如発生した異物を取り除くまでには至らない。

黒シャツ「あー」

 もう少し部屋を荒らそうと思う。エントロピーを上げる事で、カオスの中に自分を置くことで心の安寧を図ろうと思う。

黒シャツ「……あー」

 ア行の音を連続的に叫びながら、少しずつ、それでも確実に部屋に内在するエントロピーの総量は増えていった。
 そして、最後にカーテンを引きちぎろうと手をかけて、

黒シャツ「あーーーーーー」

 破こうとして、

黒シャツ「…………ひっ」

 カーテンの向こうにあったモノを見た俺は、

黒シャツ「――――!!!」

 絶叫したような気がする。


 ……。

 …………。

 そこからの記憶は、ない。
 ただ、悲しかったのだけは覚えている。
 自分がここまで我を喪ってしまえる事が、そこまで俺が脆弱だったという事実が、ひどく悲しかった。

月「宇宙はとっても、やさしいのでした」3


黒シャツ「……」

 ――気づけば、月の顔が目の前にあった。

月「……にゅふふ」

 そう言って、いつもみたいに笑う。膝枕をしてくれているようだった。

月「いいこ、いいこ。こわくないよ?」

 暖かい感触。髪を撫でながら、月はゆっくりと、一文字ずつ俺に安寧を伝えていく。
 頬にぽたり、と冷たい何かが。よく見れば風呂から上がったばかりらしく、バスタオルをまとった彼女の全身はずぶ濡れ。



299 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:18:00.67 ID:csASOng9o
黒シャツ「髪くらい……ふけよ」

月「にゅふっ、それはそれは、さっぱり忘れてました」

 ……いい加減身体を拭いてから部屋に入って欲しいな、と思う。水浸しの床を掃除するのは、いつも俺なんだ。

黒シャツ「悪い夢を見たんだ」

月「うん」

黒シャツ「ごめんな。悪い夢を見たんだ」

月「うん」

黒シャツ「本当にごめんな。……俺、狂ってるから」

月「……。……うん」

 月はもしかしたら、何もかも分かっているのかもしれない。そう誤解してしまう程度には、彼女の声は優しく響いていた。

月「やっぱり無理しちゃ、だめですよね」

月「……ゆっくり、ちょっとずつ。ほんのちょっぴりずつ、外に目を向ければいいのですので」

 ……こんな彼女を、俺は妄想の中で汚そうとしていた。
 鼻孔に腐敗臭を幻覚し、吐きそうになる。多分これは、俺の匂いなんだと思う。

月「私も、ごめんね。ちゃんと包めませんでした。黒シャツさんの隅っこの、やらかいところ」

月「きゅう、って」

 言いながら、きゅう、と握りこぶしを作る。
 また、雫が顔に垂れてきた。さっきのよりも、少し暖かい雫が。



300 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:19:13.10 ID:csASOng9o
黒シャツ「月。……お前」

月「なんですか。黒シャツさん」

 ……かける言葉が、見つからない。

黒シャツ「……なんでもない。ちょっとだけ……このままでいさせておくれよ」

月「……うん」

 カーテンをちらり、とみやった。引きずり下ろしたはずのそれは、おそらくは月の手によって元通りに直されていた。
 ……目をつぶる。彼女の涙を拭いてやる資格は、今の俺にはない。

月「嬉しいなぁ。黒シャツさんにこんなに近づけてるよ、私」

 ――もしも、自らの手であのカーテンの向こうに正面から向き合える。そんな日が来たなら……。

月「……嬉しい、なぁ」

 意識を閉じる直前、かすかな匂いを感じる。澄んだ夜空に浮かぶ月のように、透明な匂いだ。
 ……いい匂いだな、と思った。


////////////////////////
黒シャツのSAN値が 8 下がったです
黒シャツは『かすかな月の匂い』を感じたです
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301 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:21:07.95 ID:csASOng9o
//////////

Count23 "Drops" is over.

[SANITY]=24
[FLAG]=OOOx

//////////


///////////////////

黒シャツは月の事を理解しようと思い始めたようです

///////////////////


302 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:21:37.18 ID:csASOng9o
//////////////////

Count26

眉月

"Fate"

//////////////////

黒シャツ「暇だ」

月「暇でした。むあー」

 世のサラリーマン様方が汗水垂らして働いていらっしゃる中こういう事を言うのは非常に失礼だとは思うが、退屈って嫌だよね。

黒シャツ「水、飲むかー」

月「おなか、たぷたぷですがー」

黒シャツ「ういー」

 月もさっきから暇にあかして水ばかりを飲み続け、今度ばかりは腹も限界に達してしまったらしい。身体を揺らすごとにたぷんたぷんと音が聞こえてきそうだ。
 テレビゲームとか、トランプとかあればいいんだけどね。あいにくうちの倉庫にそんな娯楽用品などただのひとつも存在していないのだ。
 TV番組も、見る気にはなれないし……つーか、彼女と一緒に見るのは二度とゴメンだ。前回ので懲りた。
 というわけで、こうやってローテーブルを挟んで二人で突っ伏している現状につながる。

月「黒シャツさん黒シャツさん」

黒シャツ「あいよー」

月「何かお話できたら、してもいいですが?」

黒シャツ「お前は何か無いのか」

月「にゅふふ、他力本願ですねー。ところで2枚成功しましたが」

黒シャツ「なんかもう、びっくり人間的なものに出ればいいよね」

 ……あまりに暇らしく、また1円玉くっつけて遊んでやがる。どうやら今はコツを掴んだらしく、しゃべっててもなかなか落ちてこない。変なところでスキルアップするなと。


303 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:22:03.66 ID:csASOng9o
黒シャツ「……しょうがねぇな。んじゃあ無意味な話でもするか」

月「無意味な話とは、なんなんでしたっけ」

黒シャツ「うん?」

 人間にとって、生きるのに何の意味もなさない話といえば、これに決まっている。

黒シャツ「哲学」

月「ほほぉ。黒シャツさん、頭よいのでしたか」

黒シャツ「……そんなわけねぇよ。長い間ひとりで居るとな、嫌でも哲学的になっちまうんだよ。ただ単に、暇を潰すために。……つーわけで、月。お題出すんだ、お題」

 月はしばらくうなって考えていたようだが、どうやらいいネタが出来たらしい。額に付いてた1円玉が、ぺっとはがれる。

月「じゃあ、はいっ。黒シャツさんに私から、問題が送られまーす」

黒シャツ「はい、博士になんでも聞いてください」


月「んーと、じゃあ」

 こほん、と一つ咳払いをして。


月「私は本当に星なんでしょうか?」


304 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:23:02.05 ID:csASOng9o
黒シャツ「……なるほど。シニカルな」

 ものすごい本質をついてくる問いだ。自己の存在に疑問符を投げかけている自虐であったり、自分の話を信じようとしない俺に対する皮肉であったり。何重にも意味が込められたような疑問。
 正直感心してしまった。

月「よくわかりませんが。でも、黒シャツさんはいつまでたっても信じてくれないので、なんでなのかなー?って、思ったのですね」

黒シャツ「お前、実は結構頭いいんじゃないのかって気がしてきた。結構深い問いだぞ、これ」

月「にゅふふ、宇宙は深遠ですけどーっ」

 少し考えてみたが、うまい答えが出てくるわけでもない。まぁ、せっかく対話できる機会もあるわけだし、少し問答にしてみようか。

黒シャツ「……たとえば、『実体』というものを考える。ものごとの本質――いわゆるイデア、ってやつだ」

月「むーん?」

黒シャツ「ここで俺は、仮説を立ててみる。もしかしたら、モノ……物質なんてものは最初から存在しなくって、そこにはリレーション――関係性しかないんじゃないのかって」

黒シャツ「例えば地球上にたったひとり、人間が立っていて――まぁ『俺』でいいや。『俺』が、真上にある『月』を見ているとする……あぁ、月ってお前の事じゃないからな、天体としての『月』だからな」

月「言いたい事たっぷりですが、今は黙って聞いてます。はい」

黒シャツ「じゃあこの時、月は本当に存在しているんだろうか?」


305 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:23:33.38 ID:csASOng9o
黒シャツ「この場合、問題は『他に誰も月があるなんて保証してはくれない』って事。ほんとは地球上には他に60億人くらい人が居て、そいつらがみんな『そこに月はあるよ』って言ってるから、だから俺も『あぁ、あるんだな』と思ってるに過ぎなくて。――でも仮に、地球上には俺ひとりしか居なかった、という状況があったならば」

月「むーん。ひとりだと、間違ってるかもしれませんですね」

黒シャツ「もしかしたら月は幻なのかもしれないだろ?」

月「黒シャツさんの頭から放射能がだーだーもれもれだと、本当は無いのに、あるよって思っちゃうかもしれないです」

黒シャツ「そう。ひとりの場合だと本当か嘘かは分からない。……でも、だからと言って地球の人間みんなが『あるよ』って言ったものを、本当に『あるよ』って言えるのかな?」

月「そんなの、わからんですが。偶然みんなが、おんなじ妄想してるだけかもしれないですし」

黒シャツ「そう、そういう可能性が少しでもあるって事は、実存の保証なんかどこにも無いってこと。すなわち、俺はこういう考え方もできるんじゃないかって思う。モノとしてのイデアなんか、集団妄想の先にあるものに過ぎない。60億人が『あるよ』って言ってるモノは、60億人みんなが『あるよ』って妄信しているだということ。それだけに過ぎない」

黒シャツ「だとすれば実体があるかどうかなんか、いつまでたっても分からない。だが俺達は、その妄想のみを拠り所にして、『あるよ』と思わなくちゃならない。確信しなくちゃならない」

月「……黒シャツさんの言ってる事、難しきですね」

黒シャツ「まぁそう言うなよ。ここで月、お前の事を考える」

 びしっと指差すと、さっきまで疑問符をぼこぼこ浮かせていた彼女は途端に晴れやかな表情に。

月「わーい、黒シャツさんに考えてもらえるー」

黒シャツ「お前は本当に星なのかって事だが。さっき言った事を前提とすれば、これに対する問いはめちゃくちゃ簡単だ」

月「おーっ、ここで衝撃の事実でしたねっ」

黒シャツ「月は、自分の事を星だと思ってるわけだよな。『そんな妄想を抱いている』訳だ」

月「黒シャツさんの言葉には、そこはかとなく納得できない節がありましたねっ。でも私はよい子なので、黙ってお話を聞きますよ」

黒シャツ「ここで俺が『お前は月だよ!』って信じるなら、満場一致でお前は月だってことになる。このヒキコモリ閉鎖空間には二人しか居ないわけだからな」

黒シャツ「つまりここにいる全員が持つ集団妄想によって、見事お前は本物の月になれるってわけだ。おめでとう」

月「ふおおおお」



306 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:23:56.15 ID:csASOng9o
黒シャツ「逆にここで俺が『いやお前ただのデンパ女だろ』って思ったら、二人の意見は食い違う。この場合、お前の存在は未確定になる――つまり、月でもデンパ女でもなく、お前はただの『正体不明』に成り下がる」

月「ふおおお……お?」

黒シャツ「おめでとう。正体不明少女」

月「そ、それはひどい仕打ちですねっ!」

黒シャツ「というわけで解答。……お前、正体不明」

月「……なんかすごい難しい事言ったのに、結局正体不明とか言われました。そのうち私、泣きますが? ぶえぇぇん」

黒シャツ「そう悲観するなよ。裏を返せば、俺さえ信じさせればお前は名実ともに月で居られるんだから」

 これで彼女を完全に煙にまいてしまった訳だが……まぁ、さすがにかわいそうか。

黒シャツ「……まぁ、もう一つ考え方はある」

月「難しい事言って、黒シャツさんはまた私をヘンな子にするつもりですけど? 頭から湯気とか出ますよ、全く」

黒シャツ「そう言うなって。お前のアイデンティティが無傷で守られる為の逆転チャンスだぞこれ」

 そう言って俺は、カーテン――現実と自室を隔てるぶ厚い境界面を指差した。

黒シャツ「このカーテンを開けて、テラスから空を見上げたとき。月があるか、無いか? ちなみにカーテンは開けちゃダメ。俺が苦しいから」

月「ふんふん?」

黒シャツ「空に月が浮かんでるなら、お前は偽物だ。逆にいつまでたっても月が出なかったとしたら……おめでとうってわけ……だが?」

月「つ、月だもん! ほんとに月だもん!」

 必死に自己の存在をアピールする月を尻目に、俺はふと疑問に思う。
 実は、カーテンを開けずとも外の様子くらい知ることはできるのだ。このカーテンはいわゆるシュレーディンガーのパラドクスにおける、箱の役割を完全には果たしていない。

黒シャツ「……ッ」

 ……望遠鏡だ。俺は今までさんざん、アレを使って天体観測を行ってきたはず。というか、それが自分の趣味なわけで。


黒シャツ「……『空に月なんて、浮かんでいなかった』……!!」


307 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:24:23.08 ID:csASOng9o
 何度も何度も、倍率もピントも観測日時も調整したはずだった。なのに、俺はただの一度も目当ての星――月を、見つけることができなかった。
 月が浮かばなくなった世界、そして俺の元になぜか現れた、自称・月。

月「むーん?」

 先ほどの考え方から導かれる論理を復唱。
 空に月が浮かんでるならば、彼女が星であることはまず間違いなく偽だ。
 逆にいつまでたっても月が出なかったとしたら、そんな『ありえない』世界がありえたとしたら――。

月「黒シャツさん、固まってますが? 難しいこと考えすぎて、演算装置がメルトダウンでした?」

黒シャツ「――空には、月が無かった」

月「?」

黒シャツ「……なぁ、月。もしかしたらお前は、本当に星なのかもしれない」

 という、単純かつファンタジーな結論。
 ……俺はどうやら、本当にフィクションの世界にまぎれこんでしまったらしい。あるいは、完全に狂人になってしまったか。一応、どちらかといえば前者の方が信じたい事実だ。

月「黒シャツさんが、やっと信じてくれた……」

黒シャツ「……えっと」

月「わーい、やったー。よくわからないでしたが、とりあえずやったー」

黒シャツ「おめでとうと言うべきか、ご愁傷さまと俺に言うべきか」

 思えば最初から気づくべきだったのかもしれない。夜空から月が消えた時点で俺はもう、まともな場所に留まってなどいなかった事を。
 物語は彼女が来たから始まったわけじゃなくて、多分それよりずっと以前から始まっていたんだと思う。


308 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:24:49.74 ID:csASOng9o
月「……あれ? でも」

 と、月はさっきまで挙げていた両手を下ろして、首をかしげた。

月「星としての月は、普通にありますが?」

 ……ん?

黒シャツ「あー。それはつまり、どういう事だ?」

月「外には、星としての私がありまして。ここには、私パート2がありまして。というわけで。私、なんというか、ダブってます」

 なんだか二人の意見が食い違ってる。
 ん? 結局外に月はあるのか? ないのか?
 ということは結局コイツは月なのか? そうじゃないのか?

月「……つまりおんなじ宇宙に、たまたま二重に存在しているわけですね。若干デュアルってる感じです」

黒シャツ「……ダメだ、頭混乱してきた」

月「難しいこと考えたらダメなんですね、とりあえず不正解なので手持ちの月の石は没収になりまーす」

 効果音のようなモノを口にしながら、何かを奪い取ろうとする月。どうやら真面目に付き合う方がバカをみるらしい。
 ……ってこれ、今までとほとんど変わってないって事じゃねぇか。

黒シャツ「ンなもん最初から持ってねぇよ」

月「じゃ、じゃあ、あげますっ!」

黒シャツ「……」

月「合計10個集めたら、月面一周7泊8日ツアーがプレゼントですね! 頑張ってください!」

黒シャツ「そぉい!」

月「わーっ! 私の一部をとんかちで砕かないでーっ」

 結局その後はいつも通りだった。
 月が無い世界……か。

月「せっかくかっこいい事言えたなって、思ったのに。黒シャツさんはいじめっ子です……」

 ……必死で生き残ったドロップを回収する月を尻目に、ため息。
 正直、もはや彼女が月であろうが無かろうが、そんなものはどっちでも良かった。

 そんな事より重要なのは――。


309 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:26:10.13 ID:csASOng9o
黒シャツ「あれからさ、また少し考えてみたんだ」

 話を蒸し返してみた。

月「んぅー?」

黒シャツ「お前の正体が何なのか、について。話しただろ?」

月「……あ、テツガクの」

 言いながら月はもぞもぞと、身体をこちら側に近づけてくる。
 積極的な彼女に根負けし、二人で同じベッドに入るという図式が完成してからしばらく経ち、やっと俺の方も慣れてきたところだ。

黒シャツ「……世界って、器がちっちぇえなって」

月「また、アイマイな事言おうとしてます。黒シャツさん、私の頭の事メルトダウンさせようとしてますが。こないだから私の燃料プールはからっからで、管理不十分の人災でしたけどっ」

黒シャツ「そうじゃねぇよ。なんか難しいこと考えたけど、細かい事とかどうでもいいよなーって、今更ながら思ったんだ」

 月は頬を膨らます。確かにアレは女の子にする話じゃなかったよな。

黒シャツ「……あのカーテンが閉まってる以上、この世界には俺とお前のふたりしか居ない」

月「はい」

黒シャツ「たとえばお前がほんとは、幻だったとしても」

月「ホントの月ですっ。まだそういう事言うなら、叩いたり蹴ったりなどの残酷な暴行をくわえたりしますね!」

黒シャツ「はは、それは勘弁。でもさ、幻でもいいんだよ。ここに、目の前にひとりしか居ない俺がちゃんと、居てほしいって思ってるんだから」

月「ほぇー。えと、ええと……?」

 あんだけしゃべって結局それかよって話なんだけどな、と前置きをする。

黒シャツ「俺が一人でこうやって引きこもってる時くらい、信じたものを実存させてくれてもいいよな。俺が居たらいいなって思って、そう信じた結果、お前がここに居て」


黒シャツ「……そんな曖昧なもんでいいじゃん。二人しか居ない世界なんて」


月「私に居てほしいって、思ってます? 黒シャツさん、そう思ってくれてます……?」

黒シャツ「……そうだな」

 少しだけ素直になれば、そこまでたどりつくのに大した考えも必要じゃなかった。なんだかんだ言ってこの共同生活は妙に楽しい。今更の話だ。
 もし月が居なくて、ずっとひとりぼっちのままでいたなら、この楽しさの存在すら知らずに俺は終わっていたんだろうか。多分、そうに違いない。

月「わたし。なんか色々、もれもれだーだー……しそうなんですけど?」

黒シャツ「いいんじゃねぇの、喜んどけば」

 ……それにしても、俺はどうして彼女に居てほしいと思ってるんだろう?
 ――ははっ。考えるまでもないか、そんなの。すごくシンプルな結論だ。

黒シャツ「簡単なことなんだ、お前に居てほしいって願う理由なんて。俺はさ、多分――」


////////////////
条件判定:
[FLAG]=OOOx→TRUE
////////////////


310 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:27:34.73 ID:csASOng9o
//////////////////////////////
B【どうしようもなく好きなんだよ】
//////////////////////////////

黒シャツ「好きなんだよ。お前のことが、さ」

 ……月の目を真っすぐ見つめ、そう告げる。

月「うれしい……」

 だが、彼女の表情は言葉と裏腹に少し曇っているように見えた。

黒シャツ「なぁ、お前」

月「……えへへ。黒シャツさん……、あの、私これからヘンな事言います」

月「黒シャツさんは多分でたらめ言うなって、たたいたりするですが。でも、聞いてほしいなって」

 消え入りそうな声でつぶやき、ベッドからすとん、と着地。

 くるりと一回り、手を後ろに回して笑顔を作ってみせる。

月「にゅふふっ。いいな、うれしいな……やっぱり」

 さっきまでの消え入りそうな微笑ではなく、いつも通りの明るい笑顔。もう一度、その場でくるり。

 そうやって、さっき喜びそこねた分の気持ちを改めて噛み締めているようだった。


311 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:29:04.79 ID:csASOng9o
月「私、今後は一定の確率で消えてしまうと思います」

黒シャツ「……」

月「そういう、力を感じたりするのです」

 仮に彼女が星なんだとしたら。そういう無茶苦茶のひとつくらい、あるのかもしれない。

黒シャツ「――恒常性(ホメオスタシス)、」

 ……その力の名前を、口にしてみる。本来は、生物が自らを守る為にはたらく力を指すはずの言葉。ならば、宇宙をひとつの生物にたとえたとしたならば……?
 まさにファンタジーだな、と少々呆れる。とはいえ、今更だ。

月「いつになるか分からないけど、イレギュラーはいつか是正されちゃうのです」

 彼女曰く『何というか、ダブっている』状態。本来あるべきではないはずの、月の姿。

月「世界が決して静止しないように、不確定性をはらんでるように。私のこの姿もまた、生成流転の一過程にすぎないでした」

黒シャツ「醒めない夢がないように、か?」

 月はうなずく。
 俺は今、どうやら夢を見ているらしい。少しだけ優しくなった世界が見せている、少しだけ楽しい夢を。

黒シャツ「……月へ、帰るのか?」

月「にゅふふ。だから私、月そのものですので。ただあるべき場所に、戻るだけですから」

黒シャツ「それと共に、ヒトのかたちをしたお前は……消える」

 少しの間をおき、月は再度うなずく。


312 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/17(火) 00:32:55.48 ID:csASOng9o
 ……俺は、彼女を抱きしめた。

黒シャツ「ちょっとさみしいかもな」

月「……にゅふふ。そんな事言ってくれたら、この辺……核が、きゅんってしちゃうかも」

 そう言って、胸のあたりをきゅっとおさえている。
 正直、その仕草がたまらなく可愛い。

黒シャツ「……じゃあ、それまでに外の景色。一緒に見てみたい」

月「うんっ」

黒シャツ「今はまだ、できないけども。……努力するよ、外を見られるように」

月「ふたりで?」

黒シャツ「ああ、二人で。もちろん、ヒトのかたちをしたお前と隣同士で。手をつなぐのもいいかもしれない」


黒シャツ「……それで、あの空に浮かぶ月を見るんだ」


 髪を撫でる。気持ちよさそうに月が声を上げる。
 心の間隙が、少しだけ埋まった気がした。


////////////////////////

月が 『自らが消えてしまう可能性を示唆し、吐露』 しました。

黒シャツと月の距離が 零 になりました。

////////////////////////

//////////

Count26 "Fate" is over.

[SANITY]=24
[FLAG]=distance_0

//////////



313 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[!red_res]投稿日:2012/01/17(火) 00:35:38.86 ID:csASOng9o
今日は、ここまで
既読が多いので一気にフラグ全部立てるところまでコピペがんばった
>>228から始まってる
未読だけ読めればいいや系の人は、「///////」とかでスレ内検索すればいいや
おやすみばいばい





 
319 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[!red_res]投稿日:2012/01/18(水) 08:54:31.82 ID:iTQ3Saroo
おきたから書く


320 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 08:55:31.42 ID:iTQ3Saroo
//////////////////

Count1



Insanity

//////////////////

 多少心境に変化があったので、久々に懐かしい服を着てみることにした。

黒シャツ「……ブループラネット」

 と印字されたシャツは、その名前以上に青い。
 いつだったか冷戦の被害者が「地球は青かった」だののたまっていたな。あれはあんまり宇宙が黒くて暗かったから、余計に青く光って見えただけなんです。
 というわけで、月を起こす。

黒シャツ「あ。あんなところで高速増殖炉が手招きしてるよ!」

月「んうー……はっ! どこ、どこどこ。やっぱりプルサーマルって究極のエコロジーですね!……って、はっ」

黒シャツ「おはよう」

月「あい……おはようございましたー……。……って、あれ?」

 ぴこん。という効果音でも立てそうな感じで、月は俺をガン見して。

月「……黒シャツさんが、黒シャツじゃない……うぇぇ……ひっく……」

 泣き始めた。

月「ど……どうしようっ、これじゃあ何と呼んだらいいか判断不能ですがっ。青シャツさん? ブルーシャツさん? やっぱり黒シャツさん……違う違うっ」

 袖で涙をごしごしと拭って、にぱっと元気な笑顔。

月「……おはようございましたっ、青黒いシャツさんっ♪」

 うん。何だか知らないけども超ウザい。

黒シャツ「めんどくせぇ……黒シャツでいいっつーの、お馬鹿」

 昨日二人で抱き合ったときの、あの雰囲気はなんだったんだっていうくらいにいつも通り、適度な電波を浴びたやりとり。常識に照らし合わせると明らかに病んでる会話のやりとりなのに、少しだけ心が安らいでいた。


321 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 08:55:53.42 ID:iTQ3Saroo
黒シャツ「もういいや、カップ麺食うか。さて、ところで今日の待ち時間は?」

月「90秒で充分ですけども!」

黒シャツ「……何だよこのせっかちさん。バリカタどころか普通にスナック菓子だろ。それ」

月「ごちそうさまー」

黒シャツ「相変わらずデタラメに早いな」

 お湯入れてから2分経ってない。そのうちギネスにのりそうだな、コイツ。

月「では、黒シャツさんは食べながらで結構でしたが。……外に出た後の事をお話しましょうか」

 ……と、来たか。
 今相対すべき問題なのは明らかだが、こちらとしては心の準備もさせてもらいたいものなんだがな。
 とはいえ、今更逃げ出すつもりもない。覚悟を決めた、というには脆弱過ぎる覚悟だが、少しだけ頑張ろうと思う。

黒シャツ「……あぁ、そうしてくれ」

月「黒シャツさん、かっこいーですねっ。前向きなことを考えるのはいいことなのですけどっ」

 褒められる程の事じゃないよ、ホント。

月「そうだっ。外に出られたら、私に遊びに来てくださいよう」

黒シャツ「……えっ、なんで?」

 聞き返す。いきなり唐突ですな。ちょっと言葉を間違えてるんじゃないかって思ったじゃないか。
 私に遊びに行く……って、なんか一瞬いかがわしい響きに思えてしまうじゃないの、もうっこのお茶目さん。これでも一応、全年齢対象なんだぜ?
 いやそうじゃなくて。

月「色々とサービスが盛り沢山ですが。月の石だって食べ放題ですね、わーいっ」

黒シャツ「月の石はいい。要らない。うん、要らない」

月「ええと、そうだ。なんとこれ、静かの海原産の最高級品でー」

黒シャツ「そのネタ、とっくに賞味期限切れてる」

月「えううう、カップ麺に入れたら、け、結構おいしくってえ……。地球と月、味覚のこら、コラボレーションがぁ……」

黒シャツ「そのユニットは味覚の方向性の違いを理由に、つい先程活動を休止しました」

月「うわーん!!」

 またしても泣き出した。からかうのはこれぐらいにしておくか。


322 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 08:56:23.81 ID:iTQ3Saroo
黒シャツ「……で? 俺に月まで来いと、そんなメルヘンな事を口走りやがってるのか、お前は?」

月「うんっ!」

 思った以上に元気な返事が来ちゃったよ。
 ……どうでもいい事だけど、コイツは星の割にノリが軽すぎる。

黒シャツ「地球人にはハードル高ぇよ。おいそれと俺みたいな一般人が観光するには遠すぎ」

月「そんなに難しくないですよ。のちのち思えば、意外と近いものですね」

 まぁ、地球とかそういうのを超越しているヤツからすればそうなんでしょうがね。正直、天体の距離観念なんて一介のヒキコモリに分かるわけないのです。

月「昨今の地球人、宇宙開発の進歩は目をみはりっぱなしですね。その気になれば、黒シャツさんだってすぐにでも私まで来れますけど?」

黒シャツ「まぁ、アポロ11号から40年も経ってるわけだしなぁ……」

月「40年もあるなら、余裕でしたねっ。地球人の進化早いです、私はちゃーんと分かってます」

 そりゃあ、今更月面到達くらいは不可能ではないけど。
 だが、その気になる必要があるのは俺個人じゃなくてヒューストンのえらい人だと思うよ。

月「でもアポロ11号ですか。実はあれはですね」

黒シャツ「ん?」

月「着陸してないです。15号さんとか17号さんとかも、重力圏にまでは来たですが。残念なことに丁重な感じで帰って頂きました」

 ここでまさかの衝撃告白。しかも本人からと来たもんだ。

月「証拠画像の捏造とか、アメリカさんの要求を呑むのはめどいでした。ですが、乙女の純潔を守るためですので当然ですっ」

黒シャツ「……俺は聞かなかったことにしておこう」

 こんなのに追い返されるなんて、アメリカさんのプライドずたずたですね。


323 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 08:56:50.65 ID:iTQ3Saroo
月「アメリカさんもソ連さんも、ひどいでした。喧嘩してるのに関係ない宇宙とか巻き込むの、摩訶不思議な感じですね?」

 ……はぁ。今更だが再確認。
 たとえ仮に、コイツがリアル某天体だからといって。ヒトとしての性格が破綻してるのには変わりがないって事なんだよね。

月「あ、となると黒シャツさんが私に来たとするなら、私の初めてのヒトになりますね。ちらちら。……ぽっ」

黒シャツ「誰が行くか」

月「ひどいですねこれ。さすが黒シャツさんひどいです」

 よし、俺の見立ては間違っていなかった。コイツが『月』であろうがなかろうが関係ない、月は結局月だったって事で。

黒シャツ「ったく、来てほしいならてめぇから来いっつーんだよ……って、現に来てくださりやがってるわけか。厄介なことに」

月「ふふーん☆」

 ――いや、そんなドヤ顔してんじゃねぇよ。

月「にゅふふ、厄介とかそれ嘘ですよう。なんか黒シャツさん……青黒いシャツさん? の顔が柔らかくなってるんで、私は機嫌がいいのでした!」

黒シャツ「さいですか。あと黒シャツでいい」

 まぁ、いいや。
 このままこうやって、二人で居るのも結構楽しい。


/////////////
条件判定:
[FLAG]=distance_0→ TRUE
/////////////


324 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 08:57:21.67 ID:iTQ3Saroo
 ……できればこの時間が、少しでも長く続いてくれればいいんだけど。
 無理だろうな。醒めない夢に居るなら別として、ここは揺ぎ無い現実の世界。
 月は、(仮に月が『月』であるという滑稽な前提を認めるとするならば)明らかにイレギュラーを起こしている。イレギュラーはすぐに是正される、つまりこれはすぐに終わる事が分かりきっている、一幕の茶番。
 だからこそ、俺は願う。ただこの拙く幸せで少し電波じみた日常があと少しでも長く、続いてくれることを。



325 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 08:57:46.79 ID:iTQ3Saroo
月「黒シャツさんと一緒に、月面散歩したいなぅー」

 テンションの上がったらしい月は、ぐるぐるーとか頭のネジを外すような擬音を口にしながら文字通り俺の周りを回り始める。

黒シャツ「いきなり何やってんでしょうか」

月「あ、ついつい癖で。公転しちゃいますが?」

黒シャツ「実際のプレイ画面でお見せできないのが残念ですね」

 いやほんと、バレリーナかって思うくらい回転しまくってる。つーか、『クセでついつい公転しちゃったテヘ♪』って。俺の人生、いや誰の人生にとってもこの先二度と聞かないセンテンスのひとつだと思う。

月「でも、こうやって軌道をぐるぐる回ってるの、楽しいです。楽しいから、いつまででも続けてられました」

月「黒シャツさんは、青シャツさんなので、地球です。私は月なので、月です。たのしー」

 手を広げて、心底から嬉しそうに月は公転を続ける。ぶーんとか明らかに星じゃない声をあげながら。
 俺が地球って……ま、ある意味間違っているわけでもないか。『外』を宇宙、この部屋を地球圏だってたとえたなら、確かに俺は地球で、彼女が月だ。
 太陽系の中、他の惑星達から離れ。46億年間、公転を続けていた地球。やっぱり彼は冥王星と同じように、月が居たから寂しくなかったんだろう。
 ……っていうか、こんな賑やかなヤツが一番近くに居たんだから、寂しいわけもないよな。全く。

月「ぐるぐるー……って、ふらぁ。あえええ」

 ドーン。
 月が地球に衝突した。ファーストインパクトの再現ってやつですか。
 調子に乗って自転しまくるからだ、馬鹿。

黒シャツ「最低だな、見事に地球滅亡じゃないか」

月「にゅふ。今更遅いですがー」


 ……ズキン。

 ……、
 月がぎゅーっとしがみついてくる。
 ほんと、ガキと変わらんね。

月「地球と私、もともとひとつの身体だったんですのでっ。ぴとー」

黒シャツ「あー、そういやそんな仮説もあったねえ。まさか生きてるうちに本人から正解を聞けるとは」

月「おー、ヒトの歴史にまた新たなる1ページっ」

黒シャツ「そんなのは本当に今更だっての。こんな宇宙的ヒキコモリ相手にページ刻んでもな、しょーがねぇんだって」

月「むーん。それでは大事なことなので、黒シャツさんのお仕事の紙に新たなる1ページを……」

 と言って、月はひょいっと一足飛びで俺の胸から離れると、机の上にあった紙を手に取り、

黒シャツ「ぎゃーっ、やめろー! 落書きすんじゃねー!」

 その紙を握りつぶして、……にぎりつぶして?


月「あ……れぇ……?」



326 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 08:58:12.63 ID:iTQ3Saroo



 月が、昏倒した。





327 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 08:59:59.87 ID:iTQ3Saroo
黒シャツ「……ジョッキで持ってきた」

月「……わーい」

 キンキンに冷えた水を、月に渡してやる。
 いつも通りの気の抜けるような返事と言葉面こそ同じだが、元気が無くなっているのは明らかだった。

月「ん……冷たいね」

黒シャツ「……ごめんな。俺に出来ること、これぐらいしかねぇんだ」

月「いいです。黒シャツさんの事、辛いことは、全部分かってました」

 にゅふふと言って笑う月の額には反面、汗がにじむように浮かんでいる。
 俺がこうやって部屋に縛られている以上、できる看病も知れたもの。とにかく空調を整えて、急速に失っているであろう水分を補給させてやることくらいしか。
 当然救急車だって呼ぼうとしたが、ずっと話し中だし。今だって何度もリダイヤルをしてるのに、いつまでたってもつながらない。

月「ダメですね、私……頑張ろうと思ったんだけどなぁ」

 海溝の底に置き去りにされた潜水艦があてのないソナーを放つように、月はつぶやく。のち、小さぐ喘ぎ、震える。

月「うぅ。寒いなぁ」

 室温の設定は既に最高にしてある事を横目で確認し、俺は歯を思い切り噛む。
 ……ちくしょう、どうして携帯がつながらないんだよ。こいつ、こんなにも苦しんでるじゃないか。星だろうがヒトの形をしてんだから、何とかできるはずだろ?

////////////////
条件判定:
[FLAG]=distance_0→ TRUE
////////////////

 ……何が恒常性だ、ホメオスタシスだ。イレギュラーが是正される、その過程でこんな苦しみを受ける必要があるのかよ。
 どうしてだよ。俺ならまだしも、どうしてこいつがこんな目に合わなきゃならないんだ。
 全く理解できない。今の俺には。受けるべき罰を受けるのは、俺だけで充分だっていうのに。星は関係ねぇだろ、星は。

 ……?

 俺、今何を考えたんだろう?
 ダメだ、思考がドロドロのポタージュになりそうだ。
 けれど、それでも。月に接触出来る人間は、もはや俺しかいない。



328 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:00:26.92 ID:iTQ3Saroo
 深呼吸をひとつして、再度119、と押す。
 ついに、呼び出し音すら鳴らなくなった。いや、まだだ、諦めるな。気を、確かに持たねば。

月「ね、黒シャツさん……」

 荒い呼吸の隙間からの、問いかけ。

月「黒シャツさんに、何個か。……私、言わないといけないでした」

黒シャツ「いいよ、そんなの。今は安静にしてないと」

月「にゅふふ。ビョーキのひとをたたけない黒シャツさんの言うことなんか、無視でしたー」

 精一杯の強がりを含んだ笑顔。結局俺は、肝心なところでこいつにはかなわないな、と思う。

月「……その黒い板。誰かとお話してるんですか?」

黒シャツ「そりゃお前。救急車呼んで、病院まで連れてってもらわないと」

月「にゅふふ、そんなの嘘です。ただの板に過ぎませんでした」

 黒くて憎いiの字が付くアイツを見てみる。
 液晶どころか、カメラも静電容量式タッチパネルも、ホームボタンもリンゴのマークも無かった。これはただのリモコンだ。
 ……えっ?

黒シャツ「つ、月。……あの、え……」


329 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:00:53.47 ID:iTQ3Saroo
月「テレビ」

 たった3文字を口にする、何を示す言葉なのか分からない。

月「次はテレビ、付けてください。えへへ」

 ……テレビ。
 そうだ、テレビ。電波を受信して画像を表示する電化製品。最近地上波デジタル放送オンリーになっちまって、某国営放送の集金人を専ら調子づかせているアレだ。
 黒くて憎いアイツの、『通話ボタン』にあたる場所を押す。液晶がともる。毎週恒例のネタ見せ番組がやっていた。

『だからお前はいつまでその話引っ張っとんねん!(ハハハハハ)』

 今日は目当てのオボンチュールは出ていないようだ。

月「音出るとこ、耳近づけてください。よーく、聞いてください。……人の声、聞こえますか?」

『だからお前はいつまでその話引っ張っと!(ハハハハハハハハ)』

 少しだけ、客席のくだらない笑い声の比率が大きくなってきた気がした。

『だからお前はいつま!(ハハハハハハハハハハハハハハハハハ)』

『だからお前!(ハハハハハハハハハハハハハハハザハハハザザ)』

『(ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ)』

 やがてそれは単なるノイズの音になった。

黒シャツ「……」

 画面を見た。いや画面など無かった。これはただの無線通信機だ。

『ザザザザザザザザザザザ』

月「電波ないから……ダメですよ?」

 黒くて憎いリモコンのアイツ、通話ボタンを何度か押してみる。全く効果はない。


330 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:01:20.14 ID:iTQ3Saroo
黒シャツ「……うん」

『ザザザザザザザザザザザ』

 俺はリモコンを踏みつぶした。

『ザザザザザザザザザザザ』

 俺はキッチンから金属バットを持ってきた。

黒シャツ「……うん」

 俺は無線通信機を叩き壊した。
 金属バットだと今まで思っていたものは、よく見ると大きなスパナだった。このスパナで自分の頭を砕いて死にたいな、と思った。
 床が水飴のように溶け始めたので、立っていられなくなる。このまま溶けきってしまえば、ちゃんと蒸発できるのだろうか?
 意識が灰色にぬりつぶされていく。
 僥倖だな、と思う。

月「……ねぇ、黒シャツさん。……お外、出ましょう?」

 めまいのする視界の遙か向こうから、月の声が聞こえたような気がした。

黒シャツ「……ッ」

 ダメだ。まだ、そっち側には行けないんだよ。行ってはいけないんだ。
 一度向こうに行ってしまえば、月が本当にひとりぼっちになってしまうんだ。戻らないと、戻らないと。

月「……狂った黒シャツさんもかっこいいから大好きだけど。多分そのまんまじゃ、お外に行けないかなって思って」

 月の声が、だんだん近づいてくる。

月「だっこ、たくさんしてあげますが?」

 たった10センチ向こう側から、月が囁きかけてくる。


331 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:02:10.56 ID:iTQ3Saroo
 気がつけば俺は泣いていた。

黒シャツ「……怖い」

 あっちの方には、もう行きたくない。

月「ちゃんと傍に……ずっと傍に、私……いるですので。だからね、こわくないよ?」

黒シャツ「……怖いよ……」

月「こわくなくなるまで、こうしてますが?」

 涙が、止まらない。
 どうしてだろう。頭はとっくに狂ってたみたいだけど、もしかして身体まで狂っちまったのかな、俺。

月「だから……ね」

黒シャツ「……」

 ……唇に暖かな感触を、ほんの少しだけ感じた。

月「……黒シャツさんも、最後に。あとちょこっとだけ、がんばるのでした」


月「私も、なるべくここに居られるように、がんばるから」


月「――消えちゃわないように、がんばるから。……ね?」


//////////

Count1 "Insanity" is over.

[SANITY]=24
[FLAG]=distance_0

//////////


332 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:02:41.72 ID:iTQ3Saroo
///////////////////

Count3

三日月

Possibility

///////////////////

 ……それからの、俺達の話。

 今までのやりとり、それと語るに足らぬような少しばかりの出来事を経て。俺は少しだけだが、月と素直に触れ合う事ができるようになっていた。
 何かあるたびにすぐにくっついてくる、そんな彼女との標準的なやりとりを抜粋。

月「ぴとー」

黒シャツ「……ったく。くすぐったいんだよ、お前がいっつもひっついてくると」

 口調ほど嫌ではなかった。
 いい加減引き離すのも不憫だしだの、断ってもどうせひっついてくるからだの。今までの俺はそんな風に心の中で言い訳を並べ立てていたんだろうが、正直に言う。
 コイツにひっつかれるの、ちょっと嬉しい。
 月も月で、すごく嬉しそうだった。
 風呂にも何度だって一緒に入るようになったが、湯船の中での彼女はいつも以上にほくほくしている。人と肌を合わせること、それ自体がどうにも嬉しくて仕方がないらしい。
 毎回水風呂……ってのはさすがに俺が困るので、とりあえず二人の間をとって310K――36℃程度のぬるま湯ならばということで落ち着く。今ではすっかり長風呂になってしまっているが、これもまた悪いものではなかった。

 いつ終わるかも分からない例の仕事も、これでなかなか進むようになった。
 俺の中にいまだある狂気のせいだろうか、この仕事の目的はいまだにはっきりしない。けれど、現状を何とか良くしていこうという事で、分からないなりにやる気を奮い立たせることくらいならできた。

 彼女とベッドを共にするのにも、さほど抵抗感はなくなった。
 よこしまな気持ちが浮かんでくることも無く、単純に互いの熱を共有することに安心をおぼえていた。それが果たして、男子として健全なのかは別問題として。

月「あったかいね」

黒シャツ「あぁ」

月「心の奥が、くすぐったいね」

 ……やめろよ、そういう事言われると俺の方が余計にくすぐったい。



333 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:03:07.42 ID:iTQ3Saroo
 今まで当たり前と思っていたはずの日常が完全に崩壊してしまった割には、自分でも驚くくらい前向きに暮らしていると思う。
 ――それでも、いまだにこのカーテンをめくる事はできていないのだが。

黒シャツ「……悪い」

月「まだ、怖かったですか」

 この布切れ一枚をめくるだけ。たったそれだけの事がどうしてもできなかった。

黒シャツ「情けねぇよな」

月「仕方のない事かもしれませんでした。……ヒトはみな、弱きモノですゆえ」

 突き出したままぶるぶる震えて動かない右手を穴が開くほど見つめながら、自らの弱さを呪う。
 自分自身が相当に狂っていること。おそらくはその事実に向き合えた事で、今の俺はギリギリの地点で安定しているのだと思う。
 だが、そもそもどうして引きこもることになったのか、周りのものがうまく認識出来ないのはどういう事なのか。それらの疑問については、今になっても全く解決しない。
 多分、すべての疑問はあのカーテンを開けた瞬間に氷解する。そんな確信めいたものさえ抱き始めているというのに。

黒シャツ「悪い。また明日……頑張ってみる」

月「……ん。それもまた、アリなのでした」

 今日も俺は、伸ばした手を降ろす。幾度となくそうしてきたのと、全く同じ軌道で。
 外に何があってももう恐れないと、これだけ覚悟を決めておきながら。
 結局俺は、まだ一歩も先に進めていない。


334 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:03:33.18 ID:iTQ3Saroo
 月がヒトとしてまともに稼働できる時間は、日に日に少なくなっていった。

月「……ふぅ」

黒シャツ「あぁ。もう寝るか?」

月「……お世話になるわけですね」

黒シャツ「すまなそうに言うなよ、全く」

 ひとつの星がこんな風にヒトの形で存在できているというのは、それだけでもはや紛れもない奇跡に違いない。そんな奇跡の、その代償がここに来て現れているようだった。当然、納得なんてできるはずがない。
 ただ、そういった事を口にしようとすると、月は必ず「ありがとう」と言い、そして少しだけ困った顔をする。「ガンバレ」なんて無責任な言葉を投げられた時の、手遅れの患者のように。
 ……「手遅れ」だなんて本当は、できるなら思いたくはないのだけれど。

月「地球食には、やはり月の石が合うわけですね。この上なくナイスコラボですが」

黒シャツ「……地球人には一生分からない感覚だよ、それだけは」

月「にゅふふ。黒シャツさんは黒い癖にシロウトでした、残念な事に」

 血色の引いた月の顔。気づけばそれが当たり前になっていた。

黒シャツ「さて、と」

月「……あ。黒シャツさん黒シャツさんいいですよう。……片付けるの、手伝いますが」

黒シャツ「……いいんだぜ、無理しなくても」

 そう言って、俺は彼女を抱き上げる。

月「ご……めんなさい」

 お互い、決してはっきりとは口にしてはいないが。
 彼女は既に、支えなしで歩くことができない。
 それでも頑として気丈を装う彼女の姿が痛々しくて、時々どうしたらいいかわからなくなる。口調だけが元気だった時のままなので、余計に。




335 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:03:59.97 ID:iTQ3Saroo
黒シャツ「……よし」

月「わ。驚きは突然ですけど、どうしました?」

 俺は立ち上がり、その勢いのままでカーテンをひっつかむ。

黒シャツ「ぐ……っ」

 頭……いてぇ。……やっぱりダメだ。

黒シャツ「ちくしょう……ちくしょう……! なんなんだよ、これ……!」

 俺は月と違う。単なる一介の地球人で、ちょっと狂っちゃっただけの引きこもりのはずだろう? 何が嫌だからこんな状態になるまで身体が拒むんだよ?

月「……大丈夫。ゆっくりでいいのでした」

 彼女は穏やかな笑顔で見守ってくれている。

黒シャツ「お前らしくねぇよな。……こと俺のこういう部分に関わっている限り、お前は優しすぎるよ」

月「え、えへへぇ」

黒シャツ「……な、なんだよ、顔なんか覆っちまってさ」

月「……ええと、なんというか。かっこいいなぁって思って……そういう黒シャツさん、見てると……ぽーっとしちゃってて……」

黒シャツ「こっちは必死なのになぁ、これでも一応」

月「はい。黒シャツさんの頑張りはすごくよく分かるでした。すごく嬉しいです、あんまり嬉しいゆえ、私泣いちゃいそうだったりしますが」

 全然違う。頑張るだけじゃダメなんだよ。お前が居なくなる、せめてその時までに一緒に外に出なきゃ。それでなければ何の意味もない。
 両手をぐぐ、と握り締める。この行為だって俺にその気がなければ、単なる頑張ってますアピールにすぎない。
 辛いフリなんかしてんじゃねぇよ、ちくしょう。悔しがる程元気があるなら、さっさとカーテン開けろっての。


336 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:04:26.32 ID:iTQ3Saroo
月「そうだ……もう一度、私がここに居る理由。再びお話しましょうか」

 そんな逡巡が表情に表れていたのだろうか、月がふと話題を逸らした。

月「黒シャツさん頭よろしそうなので、不確定性原理とか余裕で知ってますか?」

黒シャツ「……あぁ。知ってる」

 原理と言うか、今では定理なんだけど。ものごとは常にゆらいでいる、という世界の基底にある法則だ。

『人間ごときには神の作りたもうたモノの真理など、何一つ正確に知ることができない』

 ハイゼンベルクとシュレーディンガーは過去、その諦めの境地とも言うべき結論に、偶然にも同時期に至った。
 一見さじを投げたようにも見える。だがその諦めこそが、量子の世界という神の領域への第一歩そのものだった。
 諦めなければ手に入らなかった、かけがえのない真実。――皮肉にも程がある。

月「あれは本当ですが? 私が月で、ここに居るってことも。やっぱり黒シャツさんは、信じてくれないかもですけど」

黒シャツ「……量子力学なら、引きこもる前にちょっとかじってた。だからお前の言いたいことも何となく分かる。少しファンタジック過ぎる解釈だとは思うけど」

月「物事は、けっして一定ではいられない。世界は、非常識なのが当たり前なのでした。言い換えれば――起こりうる事は、全て起こっていいんですよ」

月「たとえば、黒シャツさんがこの壁を突き抜けて外にすーって出ちゃうとか、黒シャツさんから放射能がだーだーもれもれするとか。可能性はゼロとイコールじゃないですね。ものすごーくちいさいけど、起こりうることで」

黒シャツ「人体に影響するほど漏れてないことを祈る」

月「黒シャツさんが、月の石をおいしそうに頬張る可能性も、ゼロではないですね。やったー」

黒シャツ「今更ながら言っておくが、その可能性は完全にゼロだ。ていっ」

月「あにゃ」

 今の彼女にデコピンするのはさすがに良心が咎めるので、軽くチョップ。頭を抑えながらにゅふふ、と笑っている。

月「……でも、衛星がヒトになることはできました。だから可能性はゼロじゃなかった。そして、大好きな貴方に出会うことができました。だから可能性はゼロじゃなかった」

 普通に考えて起こるわけがない、なんて事が起こる。それは、つまり。

月「――それはいわゆる奇跡、ってやつでした」


337 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:05:17.95 ID:iTQ3Saroo
黒シャツ「陳腐だな。……でも、悪い奇跡じゃない」

月「それももうすぐ、終わりますけどね」

黒シャツ「……終わる」

月「はい」

 正直あまり考えたくないことだが、そんな弱気な事を言ったらおそらく目の前の少女は悲しむんだろう。
 月は現実を見つめていた。起こりえないはずのことが起こってしまった、そんな現実を当事者として、そのままの形で見ていた。だから彼女は気休めなど、最初から望んでいない。

月「あのですね。本当は、こういう話もしたくなかったですよ。しばらくの間、憧れのヒトと一緒の時を過ごせて、楽しかったねでさよならでお別れして、ヒトの形は消えて、それで全部元に戻る。それでよかったなって思ってたんですよ。目の前で消えちゃうの……なんだかすごくロマンティックだけど、とても寂しい事でした。私はほくほくだけど、黒シャツさんいっぱい泣いちゃう」

黒シャツ「別に泣かねーよ、お前なんかの為に」

月「はい、当然強がりでした。星はなんでもお見通しですね」

黒シャツ「……」

 相手が星じゃなくても分かりやすい動揺だった。そんなの泣くに決まってる。

月「だから消えちゃうギリギリまで居るの、どうかなって思ってたんですけど。本当はもうとっくに、さよならしてるところでした。でも……」

 ひと呼吸の間をおいて、微笑む。

月「黒シャツさんが悪いんです。私のこと、居たらいいなって……言ってしまったせいです。だから私の存在は、事実として確定しちゃいました。それはもう宇宙的に、覆せなくなっちゃいました」

///////////

黒シャツ「俺が一人でこうやって引きこもってる時くらい、信じたものを実存させてくれてもいいよな。俺が居たらいいなって思って、そう信じた結果、お前がここに居て」

黒シャツ「……そんな曖昧なもんでいいじゃん。二人しか居ない世界なんて」

月「私に居てほしいって、思ってます? 黒シャツさん、そう思ってくれてます……?」

黒シャツ「……そうだな」

///////////

 ……そうだ。確かに俺は月に、存在していてほしいと、そう願った。『願ってしまった』し、『存在を信じてしまった』。

月「だから、しょうがないです。ロマンティックになっちゃうの、自業自得です」

黒シャツ「そっか……自業自得ね」

月「……憶えておいてください。この宇宙は、黒シャツさんが思っているよりずっと自由なんですよ。そして――」



338 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:05:49.79 ID:iTQ3Saroo



「宇宙はとっても、やさしいのでした」





339 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:06:27.26 ID:iTQ3Saroo
月「とってもおっきな身体してるけど、絶望は絶望だけで終わらせない、そんな存在なんでした。もしかしたら黒シャツさんに、救いを与えたがっているのかもしれませんですけど……よいしょ、あ……やっぱダメでしたね」

 言いながらベッドから立ち上がろうとするが、足元がおぼつかない。手を貸してやると、立ち上がる勢いでそのまま抱きついてきやがった。
 ……まぁ、こっちの方が立つには楽チンか。

月「というわけで、もうすぐ『私』は消えます。あと100時間も居れたら、なんかご褒美くれてもいいくらいです。できるならせめてそれまでに、いっぱいのときめきが欲しいのでした。ちゅーとかだっことか、してほしいです。てれてれ」

黒シャツ「なんか……なんかねぇのかな。色々、できそうな気もするんだけど」

 彼女のポーチに入っている夥しい量の薬剤を思い出す。茶色いアンプルには確かに"Morphine"――モルヒネと、そう表記してあったような気がする。
 しかし俺にとっては、彼女の正体など本当にどうでもよかった。ヒトであろうが、星であろうが、もはや重要なのはそんなチープな部分じゃない。ただ単に、彼女と一緒に居られるならなんでも良かった。
 末期患者向けの放射線治療もブードゥーのまじないも、こうやって俺が彼女の手を握り続ける事も、彼女を救う選択肢としてそれらの全てが等価値だった。

黒シャツ「何でもいい。俺、やるから。お前と居られるなら、細かい事なんてどうなったっていい」

 そう言うと月は、その反応を待ち受けていたかのように笑って首を振る。嬉しいな、とかすかな声を響かせながら。

月「でも……これはもう、しょうがない事ですね。あと50億年もしたら太陽が膨らんで、私が巻き込まれて死んじゃうのと同じくらい、しょうがない事なのでした」

 返事の代わりに、抱擁を強める。せめて今だけは、消えてしまわないように。

月「ねぇ……一緒に来ますか?」

 月の問いかけ。

月「私は、ほんとは黒シャツさんに一緒に来てほしいんですが。一緒に星になって、ずっとぐるぐる周りたいんでしたね」




340 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:07:19.34 ID:iTQ3Saroo
月「……ひとりは、やっぱり寂しいんですよ」

 彼女の表情にかすかな影が差し始めた。

月「寂しいから、40万キロ離れた地球を眺めて、過ごしてきたんでしたね。45億年、そればっかりの毎日で。……でももうなんだか、ヤになっちゃったんです。だってね、その45億年よりね……黒シャツさんと過ごした本当にちっぽけな時間の方が、何よりも素敵だったですゆえ」

 懇願するように見上げる瞳の中身は、俺にだって想像できる。
 孤独。45億年とは言わないまでも、俺だって相応に味わってきた経験だ。……おそらくは、普通の人間がまず遭遇しえない程度の長さの孤独を。
 俺だって、もう嫌だ。ひとりで居るのは、もうまっぴらだ。
 ぎゅう、と。月の抱きつく力が少しだけ強くなる。

月「たった2mにも満たない小さな小さな生命体のはずなのに。黒シャツさんと居るとあったかい、熱を感じるのでした。太陽なんかより、ずっと優しくって、ずっとあったかいやつです」

 俺の胸に顔を押し付け、やっぱりあったかい、と再確認するようにつぶやいた。
 二人で星になれるのなら、寂しくはないのかもしれない。カロンと冥王星の話ではないけど、隣同士でぐるぐると回れたなら、あるいは……太陽系が消滅するまでの、残り50億年くらいは飽きずに過ごせるのかも。

月「ねぇ、黒シャツさん。だーいすきです」

黒シャツ「……あぁ。俺も好き」

月「えへへぇ……やった。……なら、一緒に来てほしいな。……ダメかなぁ」

 そんな事を言われてしまうと、俺は……どうすればいい?

/////////////////////////
A【……うん、一緒に行こう】
B【……まだ、ここに残るよ】 ←もうFALSEフラグはほぼ回避してるので、便宜上こっちを選択
/////////////////////////



341 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:09:08.94 ID:iTQ3Saroo
/////////////////////////
B【……まだ、ここに残るよ】
/////////////////////////

黒シャツ「そうだな……俺は、」

月「あ。わーっ、わーっ! 失言ですがっ、今のなしの方向でっ!」

黒シャツ「むぐぐ」

 と、答えようとすると月が両手で口封じにかかってくる。

月「うー! だめだめーっ。だめですよう!」

黒シャツ「いて、いてて。こら、至近距離から顔を殴るな……」

 真面目なシーンで何をやってるんだよ、全く。

黒シャツ「で? とにかく俺は黙ってりゃいいんだな?」

月「多分どっちの答えでも、私。聞いた瞬間、泣いてしまいそうだから。……だめです、ほんと、だめなんです」

黒シャツ「……そっか」

 今でも充分、涙目になってると思うんだけどな。もちろん口には出さないが。

月「だから、どうか私に。覚悟するだけの時間をください……涙を我慢するだけの、時間をください。お別れするでも、一緒に行くでも、あなたの答えを聞くときには笑ってたいですゆえ」

月「そしてワガママですが。……できれば、来るべきその時までに……カーテンを、開けてください。そして――『外』を見てください」

 そうだな。そっちのが先だ。俺がどちらの選択肢を選ぶにせよ、まずは外に出られなきゃどうしようもないのだ。
 大丈夫、何も怖くなんかないさ。自分に言い聞かせる。
 身体全体に彼女のぬくもりを感じる。少しだけ勇気が湧いてきた。

月「宇宙はあなたにとってもしかすると、私が信じているように優しいものではないかもしれませんでした。あなたが思っている通りに残酷なものなのかもしれません。それでもやっぱり私は思うんです。宇宙は、世界は、見れば見るほど綺麗なものでしたと、そう思うんです」

月「それはもう……狂おしいほどに。狂ってしまいそうな、くらいに」


////////////////////////
黒シャツのSAN値が 4 上昇したのでした
////////////////////////


342 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:10:03.79 ID:iTQ3Saroo
 幼い頃に見た夜空に浮かんでいた、あの月を思い出す。あの記憶がなければ、今俺はこの場所にこうしてはいない。
 過去に後悔はしたが、その全ては今すぐにでも取り消そう。あの記憶がなければ、彼女と会うことすらなかったのだろうから。
 ――明日にでも、カーテンの向こうを見よう。そう決意する。

 そうしたら、二人で天体観測をしたいな。
 見つからなくなった月を探すのもいい。彼女なら本人だから、すぐにその場所を教えてくれるに違いない。
 抱擁を緩やかに強めていく。月が身をよじるのが少しだけくすぐったい。また少しだけ勇気が湧く。

黒シャツ「……宇宙が綺麗なのくらい、とっくに知ってるんだよ。ずっと見てきたから」

月「はい」

黒シャツ「明日……きっと、カーテンを開けるよ」

月「……はい」

 ――俺はもう、迷わない。


//////////

Count3 "Possibility" is over.

Next: Count7 "???"

[SANITY]=28
[FLAG]=distance_0

//////////



343 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[!red_res]投稿日:2012/01/18(水) 09:10:47.85 ID:iTQ3Saroo
//////////////////////

【CAUTION】
ここから、未読展開になります。

//////////////////////



344 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:11:14.98 ID:iTQ3Saroo
 ――そうして、今一度カーテンの前に立つ。
 深呼吸を大きく、一つ。
 大丈夫、決意は1ミリだって揺らいでいない。

月「……黒シャツさん」

黒シャツ「ん?」

月「……無理はしなくても、いいですが?」

 俺のシャツの裾をぎゅっと握り締めながら、月が声をかけてきた。

月「がんばってる黒シャツさん、大好きですけど。苦しんでるの見るの、辛いでした」

 本当に、今更こいつはこんな事を言うんだ。あれだけ自分で、外に出てほしいって言っていたじゃないか。

黒シャツ「天体観測をしよう。一緒に月を見ようぜ」

 ――だから今日は、二人で空を見るんだ。

黒シャツ「俺さ……本当はずっと、天体観測が好きだったんだ。なぁ、"TLP"って知ってるか?」

月「……てぃーえるぴー?」

黒シャツ「子供の頃にな、輝いてる月を見たんだ。……それ以来ずっと、月から目が離せなくなっちまってた」

 ふと、昔のことを思い出す。こんな告白も今更だけど、カーテンを開ける勇気が湧いてくるならば悪くない。

黒シャツ「親にねだってさ、すんげぇ駄々こねて、すんげぇ高い望遠鏡買ってもらってな。こんなガキの頃だぜ?……それで、月のことをずうっと見てた」

月「うん、知ってますよ。……私はちゃんと、知ってます」

 月の満ち欠けを数えながら、飽きることなく過ごした幼い日々。
 ……思えば、俺はあの頃から月に恋をしていたのかもしれない。

月「にゅふふ。……私はね。その時からずうっと、そんなあなたのことが大好きでした」

黒シャツ「……そっか」

月「そうです」

黒シャツ「……あはは……、ちょっと抱きしめて、いいかな」

月「だっこはいつでも、大歓迎ですね」


345 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:11:41.59 ID:iTQ3Saroo
月「んっ……あったかい」

 何が何でも外に出てやろうと思う。月と一緒に、夜空を見上げるんだ。
 いざとなるとおじけづくのも、今更だ。
 ……こんなもの、本当に今更なんだ。

黒シャツ「……行くぞ」

月「うんっ」

 頭痛はさっきから鳴り止まない。左手で頭を抑えていなければ、おそらく三度くらいは破裂している。それでも、俺は右手を引き戻さない。

月「……がんばれ」

 こちらの身体を支えによじ登ってくる月。よろりと立ち上がるとそのまま腰に手をまわしてきた。俺達に残された時間はもう、長くない。それが嫌でも伝わってくる。
 ……大丈夫だ。いける。

黒シャツ「――」

 ――そして俺は、隔たりを取り払った。


346 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[!red_res]投稿日:2012/01/18(水) 09:17:05.36 ID:iTQ3Saroo
//////////////////

条件判定:

[FLAG]=distance_0 → [α]=5
[BORDER]= 20 +- (6+2α) → 4/36
[SANITY]=28

TRUE.
(Mind state: "FINE")

//////////////////



347 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:17:51.18 ID:iTQ3Saroo
 ……。

黒シャツ「……っ」

 息が、詰まる。

 頭の中で視覚情報を咀嚼し切るまで、かなりの時間を要した。

 がくがくと、足が震える。


348 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:20:18.05 ID:iTQ3Saroo
 ――カーテンの向こうに、『外は無かった』。
 『窓すらも無かった』。

黒シャツ「あ……! あ……! あ……!」

 カーテンの向こうには、丁度人間ひとりが通り抜けるに充分であろう……ハッチがあった。

 『加減速ユニット』へ通じる、ハッチだ。
 この居住ブロックは、1G≒9.8km/s^2の重力代用加速度を生み出すために、居住区ユニットごと常時高速回転を続けている。
 このブロックから外に出るには、一旦このハッチの向こうの部屋で徐々に減速を行い、擬似重力をゼロに戻してから移動する必要があった。

黒シャツ「あぁ……!」

 瞳孔が広がっていくのを感じる。
 そうだ。よく思い出せ。
 前回、月はこう言った。

月「そしてワガママですが。……できれば、来るべきその時までに」

月「カーテンを、開けてください。そして、『外』を見てください」

 そう。
 彼女は「カーテンを開けて、窓から外を見ろ」なんて、一言も言っていなかった。

 この「ARK01」――『はこぶね』の名を冠せられたこの宇宙船(ふね)に、窓なんてものは……《始めからなかった》んだ。


349 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[]投稿日:2012/01/18(水) 09:21:21.51 ID:iTQ3Saroo
///////////////////

Count7

弓張月(上弦)

"ARK"

///////////////////



350 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:23:38.85 ID:iTQ3Saroo

 ……。

 静かな、船。

 静かすぎる、宇宙。

 黙ってしまえばそれだけであっけなく無音になってしまう、創られた日常の空間。

 絶対の静寂が、耳をつんざく。
 今まで俺が営んできた、砂上の城のようなハリボテの生活。

 ……少しずつ、思い出していく。
 適度な狂気が、信じたくない現実を少しだけ和らげてくれている。

黒シャツ「そうだ……俺は……ここで……」

 連邦航空宇宙局との連絡は、既に途絶えて久しかった。

黒シャツ「……月。お前はもしかして、全部知ってたのか?」

 にわかにまき戻っていく時間を、自分のもとへたぐり寄せていくうちに、涙が出てきた。
 少しずつ、少しずつ、焦げ付いた記憶が元の形を取り戻していく。
 その全てがあまりに懐かしく、その全てがあまりに羨ましかった。

 ――世界の音を、思い出していく。
 ただの雑音であり、ただの幻聴。でも、ことここにあっては何よりも貴重な音。

 音。音。音。

 生活音。

 日常の音。

 もはや永久に聞けない音たち。

 かろうじて正常を保っていた意識は刹那、それらの懐かしい音の中に、沈み込んでいく――。



351 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:26:38.75 ID:iTQ3Saroo
//////////

Count7 "ARK" is over.

[FLAG]=distance_0

//////////

//////////////

※黒シャツがカーテン開放を成し遂げたことにより、SAN値の概念が消滅しました。

//////////////


352 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:28:19.79 ID:iTQ3Saroo

 ……。

 …………。



教師「……全く。君はまだそんな事を言っているのかね」

受験生「え、でも進路調査ってそういうことじゃないんすか」

教師「君に人の話を聞く賢さくらいは備わっているはずなんだが」

教師「……せめて学校の名前でも書いてくれないか。こういう調査票出ましたなんて報告して、上にどやされるのはぼくなんだから」

受験生「ええと……はい」


////////////////

Count9

九夜月

"TLP"

////////////////


教師「別に君の夢を否定するわけじゃないんだ。……ただ、そうなるにはまず進学が必要だと言う事。分かるね?」



353 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:28:56.74 ID:iTQ3Saroo
受験生「ただいま。受かってた」

妹「ふえー」

お父さん「……すごいじゃないか。お前」

受験生「そんなの、どうでもいいよ」

お母さん「お母さんも鼻が高いわ」

受験生「そんなの……どうでもいいよ」

妹「あっ、お兄ちゃ……う、行っちゃった」

お父さん「こりゃあ、今日はご馳走だな」

お母さん「みんなで、ステーキでも食べに行きましょうか?」

妹「……お兄ちゃん……」



受験生「……はぁ」

受験生「意味がないんだ。大学の名前なんかには」


354 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:30:46.12 ID:iTQ3Saroo
《某国立大学・キャンパス》

クラスメイト「おい、お前は飲みにいかないのか?」

大学生「悪いけど、今日は……」

クラスメイト「……なんだよ、付き合い悪い」

大学生「……」

大学生「今日は、満月なんだよな。早く部屋に帰らないと……」



355 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:32:46.09 ID:iTQ3Saroo
《某国立大学 304教室》

友人「……よぉ、変人」

大学生「……何だよ?」

友人「まぁ、そう睨むなって。ほら、これやるよ。興味あんだろ? 見てたら分かる」

大学生「え? これって……」

友人「リアルパンフレット。……まぁ、俺も変人なんだよ。つまり」

大学生「俺だけかと、思ってた」

友人「この惑星をナメちゃいけねぇぜ? お前なんか、この偉大なる地球と俺からしてみりゃあ、ごくごく軽い変態でしかねぇんだ。分かったら精進しやがれ、そんで……」

大学生「……一緒に、宇宙へ?」

友人「ま、そーいうこと」



356 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:33:35.19 ID:iTQ3Saroo
《某国立大学付近 大手チェーン喫茶店》

友人「いやしかし、留学ってお前なぁ……無茶苦茶だろ、正直」

大学生「いや。だってまともにこの国に居たら、30になっちまうし。さっさと飛び級できないのは困るぞ」

友人「……参った、降参だよ。いや、ほんと、正直あなどってた。お前こそ、アレだ」

大学生「なんだよ」

友人「正真正銘の変人だ」

大学生「……うるせぇよ」


357 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:35:15.61 ID:iTQ3Saroo
《ダラス・フォートワース国際空港 ロビー》

候補生「って会話をしたような気がするけど。……人の事、言えねぇじゃないかよ。お前」

友人「これでも俺なりに精一杯やったんだよ、お前と違って俺は凡人だ。変人じゃなく努力家と言えっつの。全く……あーあ、結局3年も差ァつけられちまった!」

候補生「そんなのすぐだっての。お前だって、相当えげつない手を使ってショートカットしてきた癖に」

友人「いやぁ。これもひとえに愛のなせる業、ってね」

候補生「……誰に対してだ?」

友人「お前だよ、お前」

候補生「うわ、気持ちわりぃ」


358 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:36:33.75 ID:iTQ3Saroo
《東京 ホテル・ベイアリスティア3階大ホール》

レポーター「月軌道上に建設されると言う、人類史上最大の宇宙ステーション計画『はこぶね計画』という事ですが……率直に、今の心境は!?」

宇宙飛行士「あはは……正直、こんなおいしい役をいただいちゃっていいんですかね、って感じです」

レポーター「『はこぶねⅠ号』にはたったおひとりでご搭乗されるとの事ですが、今までに類を見ない規模の単独航行に付きまして、何か思うところはあるのでしょうか!?」

宇宙飛行士「軌道とか配置とかそういう細かいところは、機械がやってくれるんで大丈夫なんじゃないんすかね」

宇宙飛行士「あー、ってことで。あんまりテレビの前じゃうまいこと言えないんで、ボクもう行きますわ」

レポーター「あの……ちょっと!?」


359 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:37:36.57 ID:iTQ3Saroo
《ホテル・ベイアリスティア21階 スイートルーム》

友人「……あーあー。いーのかよ、あんな事言っちまって。地元の期待もへったくれもねーな、おい。つーか少なくともうちの国のマスコミは敵に回しちまったな」

宇宙飛行士「いいんだよ。これは俺のワガママみたいなモンだし、あんな連中の事なんか気にしてもしょうがない」

宇宙飛行士「……今更なんだよ、今更」

友人「あぁあぁ、そうですか。……まぁ、お前のコネのお陰で俺までオマケでヒューストンに来れたわけだし。なぁんにも言えた義理もねぇか」

宇宙飛行士「何が俺のコネだっつの、あの船作ったの誰の会社だよ。……あんまり放置されると俺、すねるからな?」

友人「けっ。野郎がぶーたれてる姿なんぞ見ても、どこも面白くねぇっての。どうせ見るならロリっ娘のがいいよ、そうだ、たとえばお前の……」

宇宙飛行士「だーっ! 適性試験の時みたいな思いはまっぴらだっつってんの。……お前密室ん中に1年半ひとりぼっちで居た経験ねぇだろ? 気ぃ狂っちまうぞ、あんなん何度もやってたら」

友人「まぁな。残念なことにそれを切り抜けちゃうほど、俺の親友はドMだったというわけだ。わー、尊敬しちゃうわー、マジリスペクトっすわー」

宇宙飛行士「……お前が外装メンテしてる間にロケット打ち上げてやる」

友人「やめて? そういうリアルに出来そうな事言うの、なんか怖いからやめて?」



360 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:39:11.75 ID:iTQ3Saroo
《月軌道ステーション有人実験機「はこぶねⅠ号」居住区メインルーム》

友人『……よぉ、『月人間』。どうだ調子は?』

宇宙飛行士「人を宇宙人みたいに呼びやがって。……問題ねぇよ。つーかさ、この部屋のお陰で全く自覚が湧かねぇ」

友人『あぁ、人工重力の事か。てめぇの為に作った特注品だよ、AGSは。ウチの会社も終わってるよな、こんな(新米研究者/ペーペー)なんかのトンデモ翌理論、採用しちまってさ』

宇宙飛行士「お前のトンデモは実用レベルのトンデモだから困る。そんな軽口ばっか叩きやがって、フォン・ノイマンに謝ってこいよ」

友人『で、どうだい? そのフォン・ノイマン涙目のシロモノは?』

「……正直、いざ客観的に自分を見てみると滑稽で仕方がねぇんだけどな。俺は宇宙の片隅で何をぐるぐる回ってんだって、今更だけど」

友人『アホ。そんな馬鹿っぽい事してるテメェを笑い者にしたいから設計したに決まってんだろ』

宇宙飛行士「……お前やっぱり最低だ。最低のハイスペックバカだ」

友人『最低じゃなきゃな、こんなとこまでお前なんか追っかけてこねぇでさっさとオンナ作ってるっつーの。……あぁ、そういえばアレ飛ばしたぞ、補給船』

宇宙飛行士「事故れば良かったのに」

友人『お前なぁ、縁起でもない事言うなよ。とりあえずドッキングまで70時間くらいかかるから、しばらく(宇宙食/レトルト)でガマンしとけ』

宇宙飛行士「へいへい」


361 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:40:08.71 ID:iTQ3Saroo
《月軌道ステーション有人実験機「はこぶねⅠ号」居住区・物資貯蔵庫B》

宇宙飛行士「よ……っと」

宇宙飛行士「ふぅ……加速度調節してるとはいえ、なんか不自然に軽いのな。今更だけど」

宇宙飛行士「物資はこれで全部か。……おーおー、3部屋も埋まっちまった」


宇宙飛行士「……ふぅ。やっぱり人間、1Gが一番だわ」

宇宙飛行士「それにしてもこの量……俺を一体何年篭城させる気なんだっつの。……うわ、何これ黒シャツばっかじゃねぇか。……こっちは?」

宇宙飛行士「……くそ。Gパンまでユニ○ロで済ませやがって、あの野郎!」

宇宙飛行士「つーか、リアルに俺を閉じ込めるつもりじゃねぇのか、あの馬鹿?」

宇宙飛行士「そりゃまぁ、ソーラーとプルトニウムがあるなら電力は問題ないけどさ。水とかどーすんだよ、これ。差し入れのヒドロタンクはくっつけたけど、普通に限りがあるだろ」

宇宙飛行士「ま、タチの悪い冗談……って事か、アイツらしいや。今度文句言ってやらねぇと……お、これは……ビデオメッセージだって? つーかカメラごとかよ」

『俺の息子が、まさかこんなところに来るなんて夢にも思ってなかったぞ。地球には胸張って帰ってこい。……実家まで来たら、晩酌に付き合ってもらうからな』

宇宙飛行士「……おやじか。誰も頼まれてやってなんかねぇよ。……俺は近くで月が見たかっただけだっての、完全な私情だよこりゃあ」

『無重力って大変みたいねぇ。ちゃんとトレーニングはしてるんでしょうね? お母さん心配よ、帰ってきたら立てなくなっちゃうんじゃないかって』

宇宙飛行士「おふくろ……絶対、AGSの事なんて理解してないよな。要するに、ただの遠距離一人暮らしだっての……いや、遠距離ヒキコモリって言うのか? こういうのって」

宇宙飛行士「ええっと、後は?」

宇宙飛行士「……あ? なんだこれ。ハードディスクに……って、容量無限大って実用化されてたのかよ。まさかアイツ、また俺に自慢するためだけにわざわざ開発したんじゃねーんだろうな?」

宇宙飛行士「それと……。……うわ、馬鹿!! 大人の絵本じゃねぇかこれ!!」

宇宙飛行士「……よし、決めた。帰ったら俺は、何よりも先にアイツを思い切りブン殴る」


362 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:41:20.53 ID:iTQ3Saroo
《月軌道ステーション有人実験機「はこぶねⅠ号」居住区メインルーム》

友人『よぉ』

宇宙飛行士「お前なぁ、あのさぁ……荷物の件だけど」

友人『悪い。限界だわ……つーか、夢みたいだよな……はは』

宇宙飛行士「……あ? つーかそれどころじゃねぇよ、俺はお前に言いたいことが、」


友人『最後のスイッチが、押されちまったんだよ』


友人『……げほっ』

宇宙飛行士「…………え」



363 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:49:37.06 ID:iTQ3Saroo
《連邦航空宇宙局メイン通信ルーム・無線通信レコーダーによる記録》

『……ぐっ、う……よ、よぉし、最後だから気合い入れて言ってやる。耳ぃかっぽじって良く聞きやがれ……この腐れ親友が。
 ……とある宇宙最強の超クソ馬鹿野郎が特大のニュートロンボム炸裂させたんだよ、クソッタレがぁっ!!
 そりゃあ当然、世界中が全軍上げてのお祭りだ! 生き残ってる奴らはみぃんな、核ボタン目指して突進中か、DNAズッタズタでヨダレ垂らしながらお漏らし中!!
 以上定期報告終わり!! [ピーーー]クソボケ!!!』

『……嘘……だろ?』

『ふは、ふははは……ふはは……っ!! どうだ、すげぇだろ。冗談じゃねぇぞ? 笑いたきゃ笑ってもいいんだぜ? こっちも笑いが止まんねぇよ、ちくしょう。
 ……おい、笑えよ。……笑えよ……この童貞野郎がっ!!
 頼むから……笑ってくれよ……ッ!』

『ひでぇよなぁ、あぁ。ホント、ひでぇ話だ。だがコイツは本気の話だ、俺とお前の友情に誓って言うぜ。
 人類はもうすぐバイバイサヨナラ……あぁ、つーか地球がサヨナラだ。つーわけでお前、地球最後の生命体、決定な。……おめでとさん』

『わりぃ。……本当は『かぐやⅡ号』飛ばした時にはさ。何となくな、そんな雰囲気になってたんだよ。だから独断で俺がロケット飛ばしてやった。『はこぶねⅡ号』の時には……げふっ、……既に手遅れだった。
 ひでぇ奴らだよな。てめぇで勝手に人類の未来を託しといて、いざとなったらポイだぜ? もうアッタマ来てよ……げほっ……ざまぁねぇや。これで合わせて20億ドル分の国家予算がパー、さ。
 いや、お前が心配することはなんにもねぇさ。どうせこのすんげぇ量の中性子線のおかげで、俺の独断専行の責任もうやむやになっちまった……全く、最高の打ち上げ花火だったぜ……ははっ、はは……げほっ……げほっ』

『おい……? ……おいっ!』

『バーカ、心配してんじゃねぇ。既に終わっちまった俺なんかより、お前のが辛いに決まってんだろ。こっちに気をやる余裕があんなら……てめぇの気が狂わないように、心配しとけよ。
 何しろ、お前にはやらなきゃなんねー事がたっぷりあんだから、よ。……こりゃ別に局からの命令じゃねーけど……ぐ、う……まぁ、あれだ。絶望すんのは勝手だけどな……』

『……てめぇ、こらぁ! 俺の話を聞きやがれよぉっ!!』

『男同士、親友同士の約束だからな。果たすまで、勝手に滅亡すんじゃねーぞ? ……この、クソ野郎……が…………――っ?』

『……おい、おい!?』

『……』

『う、……う……あ……』

『ザザザザザザザザザザザザザザザ』

『うあぁぁあザザザザザザザザザザ』

(通信記録はここでストップしている)



364 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:50:50.09 ID:iTQ3Saroo
 ……。

 …………。


《Y県 某オートキャンプ場》


子供「うわあっ……!」

お父さん「……おぉ。こりゃあすごいな」

お母さん「どうしたの、お母さんにも見せて……あら。すごいわねぇ、ちらちらって。こんなに輝いて見えるなんて」

子供「おかーさんっ! これ、すごいねえ……すっごいねえ!」

妹「……おにーちゃ、そえなぁにー」

お母さん「ええ、本当にすごいわねぇ。お母さんもね、こういうのは初めて見るのよ?」

お父さん「TLPって言うんだぞ? 知ってるか?」

子供「てぃー……える、ぴい?」

お父さん「そうだ、TLP」

妹「てぃーえうぴー、てぃーえうぴー」

子供「てぃー、えるぴー。……あのね、お父さん。ティーエルピーだと、どうしてお月様は光るの?」

お父さん「それがね、まだ分かってないんだよ」

子供「へー、そうなんだぁ」

お母さん「ほんとう、不思議ね。どうして光るのかしらね」

お父さん「流星群を見るつもりだったのが、お前は大したものを見つけてしまったな。……将来、大物になったりしてなぁ」

子供「あのね、お父さん!」

お父さん「……ん、なんだい?」

子供「僕ね、あのね。どうしてお月様が光るのか、きっと僕が分かるようにしてあげるね」

妹「おちゅきしゃまーっ」

子供「だからね……僕ね……」


365 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:51:58.60 ID:iTQ3Saroo



子供「大人になったら、お月様へ行くんだぁ!」






366 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]投稿日:2012/01/18(水) 09:53:31.59 ID:iTQ3Saroo
//////////

A World was over.

[FLAG]=distance_0

//////////




 
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